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5.苛立ちと躊躇い(3)

     *  *  *    優駿が入院したという話はその日のうちに薫から上に伝わり、実際の状況を確認した店長の判断で、店からのお見舞いを渡すことになった。  そうして翌日、用意された見舞品と花束を託された柏尾と宰は、午後からの比較的暇な時間に店を抜け、優駿が入院していると言う病院に向かった。 「いつまでそんな顔してんの」 「だってどう考えても俺より薫さんの方が適任でしょう。……って言うか、そもそも最初はチーフ独りで行くみたいな話になってたじゃないですか」 「悪いね、俺独りじゃ足がなくて」 「それだって、別に車だけなら俺じゃなくても……」  指定された総合病院の駐車場に車を停めるなり、宰は当て付けるようにため息をついた。  確かに最初は柏尾独りが行くような話になっていたのだ。しかし、柏尾は自転車通勤のため、車でいこうとすると社用車を使うことになる。それはできれば避けた方がいいかと言うことになり、柏尾が指名したのが宰だった。  宰に断る余地はなかった。朝礼の中での話と言うだけでなく、断る方が不自然なのは考えるまでもなかったからだ。  大体、客の見舞いに押し掛けるなんて、お得意様だからとか、一応知らない間でもないからとか、そんなのが本当に理由になるだろうか。少なくとも宰にはそうは思えない。  と、心の中で何度思っても、ここまで来たからにはどうしようもなく、せめてもの抵抗にと、 「俺ここで待ってますよ」 「そんなにコイ君に会いたくないの?」 「べ、つにそういうわけじゃ……」 「じゃあほら、行こうよ」  顔も見ずにそっけなく言ってみたが、きわめて冷静にそう促されただけだった。 「お前、花持ってね」  ほとんど通勤に使っているだけの、年季の入った白の普通車。特に愛着もないその助手席で、煙草を咥えていた柏尾が先に降りると、宰も渋々それに続く。 「て言うかね、ほんとに足のためだけにお前指名したとか思ってないよね」 「……」 「それならいいんだけど」  柏尾は携帯灰皿に煙草を押し込みながら、黙り込んだ宰に満足したように歩き出す。 「お節介だよな、その子も」 「え?」 「今更こんなことくらいで何も変わんないだろうに」 「何の話ですか」  受付で部屋の番号を聞き、エレベーターに乗る。  優駿だけあって部屋は当然のように個室、しかも高層階にあるかなり高額な部屋だった。 「そうなんだよな」 「……何がですか」 「ホント、このままだと何も変わりそうにないんだよ。堂々巡りって言うか」 「だから何が言いたいんですか」  エレベーターが目的の階につくまでの間、宰は柏尾と目を合わさなかった。  こんなときに限って乗り合わせる人もなく、会話が途切れるとエレベーターの微かな作動音だけが耳につき、何とも言えない気分になる。 「俺は別に、それでもまぁいいのかなと思ってたんだけど……」  宰の言葉に答えることなく、のらりくらりと独りごちるように続ける柏尾に、宰は吐き捨てるように息を吐く。俯くように視線を落とし、もういいとばかりに壁に寄りかかった。  その壁に――そのすぐ傍に、柏尾は不意に手を突いた。 「――…」  いつのまに間合いを詰めたのか、少しだけ顔を上げると思いの外近くに柏尾の顔があり、 「だって俺、お前との関係は結構気に入ってるしね……?」  耳元を吐息が掠めたと思ったら、そのまま掬い上げるように口付けられていた。

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