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5.苛立ちと躊躇い(6)
「それに自転車で転んだだけだなんて……程度はともかく車とぶつかったのだから、れっきとした交通事故だわ」
「交通事故?」
「あ、いや、だからっ……ぶつかったって言っても」
「優ちゃんは黙ってて」
(優ちゃん)
二人のやり取りを見ていると、何だか急に冷めたような心地になってきた。
交通事故と言う言葉には驚いたもの、本人がこうして大したことないと言い張るのならそれ以上立ち入る必要もないだろう。
「あ、それは私が」
未だ渡せずじまいだった見舞いの品を、麗華が受け取ったのもどこか他人事のようで、宰は心の中で深いため息をついた。
「とにかく、優ちゃんは色々自覚が足りないのよ」
そう言い残し、花を生けてくると行って再び中座した麗華に、今度は優駿が息をつく。
「すみません、麗華はいとこで……言い出したら聞かないところがあって」
(お前とそっくりだな)
射抜くようにまっすぐに見据える眼差しといい、言いたいことはとにかく口にしてしまうようなところといい――。そこは血筋なのだろうか。
「車とぶつかったのは、ぶつかったんですけど、ちょっと掠った程度で……」
「……」
「ちょっと、その、考えごとしてて。それで気がついたら赤信号を……、だから俺が一方的に悪いわけですし、そのわりに自転車も俺もほとんど無傷で」
「……考えごと」
中途半端に麗華がばらして行ってしまったからか、優駿は観念したように説明を始めた。
それに対し、宰はもういいと流すつもりでいたのだが、
「何考えてたんだよ」
ふとその答えを聞いてみたくなった。
ばつが悪そうに視線を落とした優駿の動きが、ぴたりと止まる。
ややして宰に戻された眼差しはひどく驚いた様子で、
「なんだよ」
「……いえ、あの」
「だからなんだよ」
焦れたように被せた宰に、優駿はぶんぶんと首を振った。
「言えないようなことなら、言わなくていいですけど」
宰の言葉にあたふたするばかりで、答えはなかなか口にしない。
それならそれで、と目を伏せれば、いっそう慌てたように背筋を伸ばし、
「違うんですっ」
言うが早いか、宰は腕を掴まれていた。
「考え事っていうのは、もちろん美鳥さんのことで……」
優駿はそのまま話し始めた。自分が宰に触れているとは思ってもいない様子で。
「……」
そんな優駿の手を、宰は無言で見下ろした。
手を伸ばせば触れられる距離に立っていたことを、今になって意識した。
考えてみれば、いつだって触れようと思えば触れられる距離にいたはずなのに、こんな風に一方的に触れられたのは初めてだった。
――だからだろうか。この手を振りほどけないのは。
今はもう、掴むと言うには弱すぎる力しか込められていないのに。
「あの、俺……、チ、チーフさんが……」
「チーフ……?」
「っはい、その、チーフさんが気になって」
「……」
「あ、違う、気になってるのはチーフさんだけじゃなくてっ……」
「……何なんですか」
宰は目端が熱を帯びるのを感じながらも、努めて普段通りの口調で応える。
宰が顔を上げると、優駿はようやくはっとしたように手を退いた。
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