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5.苛立ちと躊躇い(7)
「すっ、すみません、俺……っ」
過剰なほど蒼白となり、降伏するみたいに両手を挙げるその様に、思わず呆気に取られてしまう。それからふと笑ってしまいそうになり、「いいから続けろよ」と喋ることで誤魔化した。
ここまでくると、少しだけ可愛くも見えてくる。
いちいち必死で、極端で、お世辞にも器用そうには見えない面倒な男。
なのにどこか憎めなくて、友人が多いようなのも頷ける、どこかキラキラした男。
でも、だからこそ宰には理解できなかった。
そんな男が、どうして自分なんかを相手に右往左往しているのか。
いつの日か、なんてバカなことをしていたのだろうと後悔するだけなのに。
「あの、何て言うか……。チーフさんと、美鳥さん、の、関係が……ちょっと気になって」
「チーフと……俺、ですか」
「はい、何か……親しげだなって」
「……まぁ、同じ職場ですからね」
「そうなんですけど、その、たまにですけど……『つかさ』って、呼んでたし」
言いにくそうに、それでも最後には宰をまっすぐに見つめて言いきった優駿に、宰はぱちりと瞬いた。
(何だ、気にしてたのかよ)
気にしていたくせに、今までずっと黙っていたのか? 思ったことは何でも口にする――ようにしか見えない――優駿が?
(……意外)
何だか自分の知る優駿ではないみたいだ。
宰は呆れたように視線を落とすと、小さく息をついた。
「それで、どういう関係なのかって……考えてたんですか?」
「はい」
迷いのない返事に、そこはぶれないのにな、と心の中で苦笑する。
「それで答えは出たんですか」
「え……」
「出るわけないですよね。その答えは俺かチーフしか知らないんだから」
一旦瞑目した宰は、あえて他人事のように言ってから改めて目を開けた。
いつも優駿がするみたいに相手の目をまっすぐに見据えて、そして今度ははっきりと――より突き放すような口調で告げる。
「そんなくだらないこと考える暇があったら家の手伝いでもしてろよ。そんなんで事故られたりしたらこっちも迷惑なんだよ」
優駿は視線を絡めたまま、凍りついたように動きを止めた。
宰はゆっくり背を向けた。
(――冗談じゃない)
優駿の考え事なんて、大体の予想はついていた。きっと自分に関することなのだろうと。
けれども、それが柏尾との具体的な関係にまで及んでいるとは思わなかった。
だって本当にそれらしい素振りを見せたことはなかったのだ。柏尾が何度目の前で〝宰〟と呼ぼうと、特に何を言ってくるでもなく、ただ普通に流しているようにしか見えなかった。
それがまさか、密かに気にしていたなんて――どころか、そのせいで危うく命を危険に晒してしまうほど、思い悩んでいたなんて。
(マジ冗談じゃねぇよ)
自分に非があるとは思いたくなかった。どれもこれも、優駿が勝手にしたことだ。
それでも結果として自分のことで優駿が危ない目に遭ったのだと思えば怖くなった。
「もう会いに来ないでくださいね」
だから最後にもう一度念を押す。
これだけ言えばさすがに優駿も察するだろう。
「――…」
何も答えがないのを答えと受け取り、宰は足早に部屋の外へと向かった。
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