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6.優駿と宰(1)
あんなにはっきり「会いに来るな」と、あまつさえ「迷惑だ」とまで言ったのに、優駿は柏尾に言付けていた通り、退院した翌日にはひょっこり店にやってきた。
その後も有言実行とばかりに通い詰め、何事もなかったように宰に笑いかけてくる。
「麗華はただのいとこですから、ホント心配しないでくださいね」
「……私が何の心配をするんですか」
本当にどういうつもりなのか、どういう神経をしているのかともう何度思ったかしれないが、それに慣れてくると、結局また宰も撥ね付け切れなくなってしまうからたちが悪い。
ぬるま湯につかり、過日と代わり映えのない態度で応じていても、状況は何も変わらない。
変わらなければ――変えなければと思いながら、そんな優駿の様子にほっとしている自分もやはり否定できないから手に負えないのだ。
「婚約とか、結婚とか、子供の頃の口約束を未だに言ってるだけなんです」
「それだって何度も教えてくれなくて結構です。私にはどっちでもいいことですし」
「どっちでもいいことじゃないです!」
「それより私はそろそろ休憩なので失礼します」
まだ何か言いたげな優駿を置いて、宰はカウンターを出る。その背中に一際元気な声が飛んできた。
「学校が終わったらまた来ますから!」
(ゼミの課題で忙しいんじゃねぇのかよ)
振り返ることはしないまま、心の中で苦笑する。
講義の時間には縛られないが、やることがないわけでなないと言ったのは優駿だった。それでも時間の融通は利くからと、来られるときには来ているというのが現状のようだ。
(いいかげん何とかしねぇとな……)
自分のためにも、優駿のためにも。
一応、変化のない関係の中にも、ひとつだけ変わったことがあった。宰の心境だ。
優駿の入院騒動があって以来、宰は心の中で一本の線を引いていた。これ以上優駿を自分の中に入れないための線であり、自分でも絶対越えないつもりの線だった。
優駿には麗華がいることも分かったし、自分とは立場が違いすぎることを嫌でも思い知ったからだ。
――何より、そうすることで自分の中で燻ぶる何かに蓋をしたかった。
(……あとどんだけ傷つけりゃいいんだよ)
宰は無意識に視線を床へと落とし、深呼吸するよう息を吐くと、スタッフオンリーと書かれた扉を抜けた。
梅雨入りしたとは言え、こうも連日雨だと気分が滅入る。
だからだろうか。久々に柏尾と飲みに行った一昨日はいつにも増して飲み過ぎてしまった。
酒の席で、柏尾が不意に持ち出してきた話題のせいもあるかもしれない。
過日の――柏尾も優駿の退院日については知らなかった、という話はともかく、その後の病室での優駿と麗華の(痴話げんかのような)やりとりなんて、今更聞きたくもなかったのに。
結果、酩酊して箍の外れた宰は、翌日が休みの柏尾に付き合い、何度も身体を許してしまった。それこそ、自分からもそれを求めるように。
おかげで昨日(翌日)は散々だった。
宰の方は普通に出勤日だったこともあり、宰はほとんど徹夜状態のまま店に出る羽目になった。
すると薫にしっかり「もう十代とは違うのよ」と突っ込まれた。
その上、他のスタッフにまで「早退した方が……」と体調を心配されてしまい、自分では何とか平静を装えているつもりだった手前、さすがに居た堪れない気持ちになった。
しかも、そんな日に限って優駿はやってこない。いつだって鬱陶しいくらい明るい優駿に、小言の一つでも言えれば少しは気が晴れるかと思ったのに、まるでそれを見越したように、その日優駿は一度も姿を見せなかった。
(……毎日来るんじゃなかったのかよ)
だから余計にイライラしていた。
優駿に関して言えば完全にとばっちりだし、そもそも自業自得なのは解っていたけれど、宰にはどうしてもそれが抑えられなかった。
そうして迎えた、その翌日のことだった。
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