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6.優駿と宰(4)
宰は忌々しげに瞳を細めた。
「〝何となく〟程度で勝手に俺を外で待つな」
苛立ちが反映したかのように素っ気無く言い捨て、青に変わった信号に従い再びアクセルを踏む。
優駿は見るからにしゅんとした様子で、「すみません」と頭を下げた。
宰は何も応えなかった。聞こえているのかどうかさえ曖昧な態度で、ただ黙って車を走らせた。
「あの、美鳥さん……俺のマンション知ってるんですか」
続く沈黙に堪えられなくなったのか、優駿がおずおずと口を開いた。それに宰は即答した。
「誰がお前の部屋に送るって言った? お前のマンションなんて知りたくもねぇよ」
言われて優駿はひとつ瞬く。
「え……じゃあ、美鳥さんの部屋ですか?」
優駿がそう言ったのは、恐らくは他に思い浮かばなかったからだ。しかし宰は、そう思いながらも聞こえよがしにため息をつき、「そんなわけねぇだろ」と返しただけだった。
(――確かに、このままだと堂々巡りだよな)
戸惑うばかりの優駿の胸中は察するに余りある。かと言って、今更優しい言葉をかけたりはしない。
それどころか、宰が真っ直ぐ向かった先は、より一層優駿を困惑させる場所だった。
「こ……ここって」
人目をはばかるように照明の落とされた駐車場、入口と出口が完全に分けられている建物を前にして、優駿は呆然と立ち尽くす。その反応は概ね宰の予想通りだった。
最後まで何のヒントも与えないまま、宰が優駿を連れてきたのは、先日自分が柏尾と共に足を運んだばかりのラブホテル。その駐車場に車をいれるなりさっさと降車した宰は、馴れた様子で入口側のドアへと向かった。
「どうした。入らないのか」
車のキーを片手に自動ドアの前に立ち、然程広くもないエントランスに踏み入ると、反して未だポーチにも上がれない優駿を振り返る。
「だ、だって……」
そんな宰の振舞いに、優駿は殊更戸惑いの色を強くする。所在無げに視線を泳がせ、泣きそうに声を上擦らせる。
「本当に、入るんですか……?」
「その方が手っ取り早い」
「手っ取り早いって……」
煮えきらない優駿の態度はますます宰を苛立たせ、抑えているつもりでも知らず声音が険を帯びる。
「ああ、相手が女じゃないのが気になるのか」
「そ、そうじゃないです!」
「なら来いよ。ここで立ち話しててもしょうがねぇだろ。いつまでもそんななりで、風邪でもひかれたらそれこそ迷惑だ」
どうせ断るつもりもないくせに。いちいちそういうフリとかいらねぇんだよ。
心の中で悪辣に吐き捨て、宰は優駿から顔を逸らした。
「話……話を、するなら」
部屋案内のパネル前まで足を進めた宰の背後で、優駿は独り言のように言って、浅く頷く。それはまるで自分に言い聞かせているようでもあり、宰は嘲笑めいた表情で呟いた。
「何が話を、だ」
その傍ら、手近な部屋を独断で選ぶと、どのみち引き返すつもりは無いらしい優駿をエレベーターへと促した。
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