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6.優駿と宰(5)
例えどう取り繕おうと、優駿がこの状況を本気で厭うはずはない。自分を本当に好きだと言うなら、詰まる所これは望みの一つであるからだ。寧ろそれが全てであっても驚かない。学生の頃と言えば、宰だってその欲求や好奇心は今よりずっと強かった。
だからそれを利用してやろうと思った。
好奇心が一番の動機だったとしても構わなかった。かえってその方が楽だとさえ思う。それならそれで、一度ヤってしまえば事態は容易く変わるからだ。
満足するなり、幻滅するなり――どちらにしても、自分に対する印象は確実に変わるはずだ。
その結果、しつこく付き纏われることがなくなれば、宰も以前のように平穏な日々に戻れるし、何よりこれ以上変に気持ちを掻き乱されることもなくなるだろう。
大体、優駿は自分に夢を見すぎている。自分は優駿が思うより、きっとずっと浅ましい人間なのに。
貞操観念だってお世辞にも高いとは言えないし、目先の楽な方に流されるきらいがあることだって自覚しているような性格だ。
それを優駿は知らないから――知らないからこそ、あんなにも屈託のない笑顔を向けてくるのだ。
その目を覚まさせてやらなければ。
その為にも宰は今夜、仮初めの一線を越えようと決めた。
「あの、美鳥さん……」
なのに、そんな思惑に反して優駿は、尚も気が進まないとばかりに言い淀む。不自然なほど控えめに、宰からも距離を置いて、およそ太陽のようだとは言えない表情で立ち尽くしている。
先立ってベッド脇まで進んだ宰は、そんな優駿の様子に僅かに目を細めた。
「……?」
全く優駿らしくない。
まさか早々に体調を崩してしまったとでも言うのだろうか。本当はとっくに発熱していて、寒気が止まらなくなっているとか――?
そう思って不意に間合いを詰めると、まるで怯えるみたいに優駿は同じだけ後ろに下がった。
(は? なんなんだよ、一体っ……)
思うように行かないもどかしさに、筋違いの歯痒さが募る。宰は更に踏み出して、今度は一気に距離を削った。
「とっとと続きを言えよ。お前、いま何か言いかけただろ」
壁に背をつけ、逃げ場をなくした優駿の顔を一層追い詰めるように覗き込む。幸いと言うべきか、優駿の体調に変化はなさそうだった。
視線が絡むなり身を硬くした優駿は、それでも僅かな逡巡の色を見せた後、探るように口を開いた。
「美鳥さんって…話をしたい時、いつもここに来るんですか?」
「は……?」
宰は思わず間の抜けた声を漏らす。次いで込み上げたのは不釣合いな可笑しさだった。
「それなら俺、誤解して……」
終には堪えようも無く、肩が揺れる。しかし優駿はそれに気付かない。気付かないまま、言葉を継ごうと唇を動かす。
「そんなわけねぇだろ」
それを先んじて宰が阻む。あえて冷静な声で遮り、かと思うと知らしめるように間近の壁を強く叩いた。
「お前、ここをどこだと思ってんだよ。何をする場所か、知らねぇ年齢でもねぇだろ」
優駿は凍りついたように身を固くして、ただ宰の言葉を聞いていた。
「どうせならはっきり言葉にしてやろうか。ここは基本ヤり目的で来る場所だ。俺だってそれは変わりねぇよ」
嘲るように言うと、優駿は静かに項垂れた。絡んでいた視線が自然と解け、やがて顔も見えなくなった。
「――っ…」
その姿に、少しだけ胸が痛む。
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