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7.好きなら回れ右をしろ(1)
優駿の気持ちは、想像していたよりもずっと誠実で、不覚にもそれが心底嬉しかった。
けれども、宰はそれに応えられなかった。
自分も優駿に惹かれているということは今更否定もできない。ただし、それを優駿に伝えたかと言うと答えはノーだ。
踏み出せない要因はいくつかあった。
気にしていないつもりでも、後輩との過去は思いの外尾を引いていて、正直、相手がストレートだと思うと未だに怖いと思う部分があった。
何より、優駿と宰とでは住む世界が違いすぎて、そんな相手と付き合うこと自体、誰の話だとしか思えない。
優駿の隣にいる自分が想像できない。
優駿の隣にいるべきは麗華のような女性なのだ。
聞くだけでなく、ほんの少し目にしてきたことだけで、それは絶対だという確信がある。
だからこそ言えなかった。もっとよく考えろ。冷静になれと自制するしかなかった。
自分で引いた線が越えられない。
今でも越えてはいけないと思う。
それでも迷いは消えないから困る。一度認めてしまった気持ちは膨らむ一方だ。
優駿と別れ、帰宅して、独りになってからもずっと考えていた。
考えても答えは出ない。かと言って考えないこともできない。考えれば考えるほど深みにはまるのに、気が付けば優駿の笑顔が頭に浮かんでいるのをどうにもできなかった。
おかげでその日、宰はほとんど眠れないまま朝を迎える羽目になった。
* * *
「ひどい顔ね」
翌日、店が開店して数時間が経った頃、堪えかねたように薫にそう突っ込まれ、宰はすぐにバックヤードに戻った。
(思ってたならもっと早く言ってくれよ)
更衣室にある洗面台で顔を洗い、滴るしずくをタオルで拭う。目の前の鏡には、目の下に隈を作り、くたびれきった様相で佇む宰の姿が写っていた。
(こんな顔で接客してたのかよ……)
前髪を掻き上げ、おもむろに鏡を覗き込む。改めてげんなりしながら、何度目かのため息をついた。
更衣室を後にした宰は、少しでも気を引き締めようと給湯室に立ち寄り、濃い目のブラックコーヒーを入れた。その傍ら、
(まぁ、あいつが来る前だっただけまだマシか)
できればしばらく顔を合わせたくない相手のことを思い浮かべ、そんな自分に苦笑する。
こんな状態、こんな心境のまま、どんな顔をして会えばいいかわからない。優駿の方も今日はまだ姿を見せていないところを見ると、もしかしたら同じように感じているのかもしれない。
(当分来なくていいからな)
優駿が来ないことに内心ほっとして、
(いや……もう二度と来ねぇつもりかもな)
そのくせ、そう考えると裏腹に胸が締め付けられる。
「何なんだよ、結局どうなりたいんだよ、俺は――」
気がつくと、自嘲気味に呟いていた。それを振り切るように小さく頭を振って、宰は残りのコーヒーを一気に飲み干した。
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