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7.好きなら回れ右をしろ(2)

 休憩時間になり、宰は財布と携帯だけを持って更衣室を出た。  何となく独りになりたかったこともあり、昼食は近所の公園で済ませるつもりだった。  幸い今日は雨も降っていないし、公園の一角にはコーヒーショップの屋台もある。そこで軽食でも買って、木陰のベンチでぼんやり過ごすのもたまにはいいだろう。  そのつもりで廊下を進み、階下へと繋がる従業員用の階段に差し掛かった時だった。 「お、美鳥」  かけられた声に目を向けると、丁度先に休憩に入っていた篠原が下から上がってくる所だった。  いつ見ても溌剌として、いかにも〝できる男〟の彼は、宰にも当たり前のように爽やかな笑みを向けてくる。自分とは大違いだと思いながら、せめてもと宰も僅かに目を細めた。 「コイくん、来てるよ」 「え?」 「あーでも、柏尾チーフと一緒だったってことは、何か違う用事なのか……?」  宰は思わず足を止めた。心ばかりの笑顔もたちまち凍りつき、 「チーフと一緒……?」  反芻するように呟いた言葉もまともな声にはならなかった。  それでもどうにか聞き取ってくれたらしい篠原は、 「ああ、まだいるんじゃないかな。下の喫煙所のとこ」  幾分不思議そうな顔をしながらも、しっかりと階下を指差し、そう教えてくれた。 (……喫煙所)  篠原が去った後も、宰は暫くその場に立ち尽くしていた。  このまま進めば二人に鉢合わせする可能性は高い。かと言って今更引き返すのも気が引ける。  戻ればたった今顔を合わせたばかりの篠原もさすがに怪訝に思うだろうし、そもそもどうして自分の方が逃げるみたいなことをしなければならないのかという気持ちもある。  けれども、やはりまだ優駿には会いたくない。  それも柏尾と一緒のところでなんて、ますます自分が自分でいられなくなりそうで絶対に嫌だ。  だから迷う。迷う分だけ、どんどん身動きが取れなくなるのに。 (ああもう、イライラする……)  壁に肩で寄りかかり、長めの前髪を片手で掴む。力任せに握り込み、更に数秒考え込んだ。それでも答えは出なかった。 (――もういい)  宰は不意に顔を上げた。  これ以上考えていても時間の無駄だ。ここでいつまでも時間を潰せるわけでなし、どうせ答えが出ないなら、予定通りに行くしかない。こうなったらもうなるようになれだ。  宰は努めて背筋を伸ばし、どうにか意識を階下へと向けた。  階段を下りて、守衛室の前を通り過ぎると、外へと続くドアの前で一旦息をついた。半ば自棄になったような心境ながらも、この瞬間はどうしても慎重になる。  そっと押し開けたドアの隙間から、生温い風が流れ込んできた。と、同時に――、 「増設したハードディスクの初期不良……だったっけ」 「そうらしいです」  思いがけず聞きなれた声が耳に届き、宰は弾かれたようにドアから身を引いた。

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