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7.好きなら回れ右をしろ(6)
(どうせこのままでいたって、何が変わるわけでもねぇし……)
口を閉ざした宰を前に、柏尾は意外そうに瞳を瞬かせた。
「え、あれ。もしかして今回はOK?」
(自分で誘っといてどういう反応だよ)
呆れるように思いながらも、そんな柏尾〝らしい〟態度には少しだけ気持ちが軽くなる。
それでもすぐには返答できず、宰は沈黙したまま改めて考えてみた。
あの日からずっとどこか悶々としていて、結果的に柏尾との関係を拒み続けていたけれど、それで何か変わっただろうか?
――否、何も変わったようには思えない。どころか、状況は寧ろ悪くなったような気さえする。
顔を見ればまた違うかもしれないと思っていた相手は、そう思った途端にさっぱり姿を見せなくなるし、おかげで宰は出口のない迷路に迷い込んでしまったかのように、完全に身動きがとれなくなっていた。
(こんなことなら……)
そこに来て柏尾の存在だ。
柏尾は宰が何度断っても、思い出したように気軽に声をかけてくる。それこそ単なる友人のように。
身体の関係はあるにしろ、実際にはそれだけに拘らない彼の傍はやはり居心地が良い。
事実、優駿のことなど考えず、仮初の快楽を追っていた頃は今よりずっと楽だったはずだ。
宰は静かに瞑目した。
(――もう振り回されるのはたくさんだ)
心の中で強く思う。それから深い溜息をひとつついた。
その数秒後、目を開けると同時に告げた。
「いいですよ、明日。行きます」
『閉店後、二十三時にいつものバーで』と約束をした。その日柏尾は公休日だったため、珍しく現地で待ち合わせることになった。
飲みの誘いとは言え、その後はきっとホテルに行くことになるだろう。
そう思ったところで特に後悔はなかった。迷いがないとは言わないが、それでもやめておこうとは思わない。所詮自分はその程度の人間なのだ。
午後になり、食事休憩を終えた宰はぼんやりとした心地で店内に戻った。
自分の持ち場である携帯コーナーは店の出入口に一番近く、スタッフルームからは一番遠い。いつものようにエアコンやパソコンエリアを抜ける傍ら、何気なく天窓を見上げると、ガラス越しに雲ひとつ無い快晴の空が目に入った。
相変わらず気温は高そうだ。想像するだけで溜息が漏れる。
「今日も暑そうですよね」
そんな宰が目に留まったのか、不意に横から声をかけられた。売り場で見かけるのは少々珍しい印象の佐々木だった。
佐々木は人の良さそうな笑みを浮かべ、宰の傍で足を止めた。その姿を見て、宰はふと思い出す。そう言えば、佐々木は優駿の部屋に行ったことがあるのではなかったか?
(……だからなんだよ)
そのつもりもなく何かを言いかけ、慌てて口を噤む。まるで妬いているみたいだと思えば、余計居た堪れない気分になった。
「どうかしました?」
「……いや」
思わず愛想笑いを浮かべて言葉を濁す。
と、折り良くインカムに佐々木指名で業務連絡が入った。サポートの仕事が入ったのだろう。佐々木が応答するのを見て、
「じゃあ、俺も戻るよ」
丁度良かったとばかりに宰もその場を離れた。
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