53 / 93
7.好きなら回れ右をしろ(11)
「それで……、あの、今どこに向かっているんですか?」
「まだ決めてない」
心から嬉しそうな、それでいてどこか緊張した面持ちの優駿を尻目に、暫く車を走らせると、前方に見慣れた建物が見えてきた。いつかのファーストフード店だ。
あの店には、優駿と偶然顔を合わせて以来、一度も行っていなかった。もしまた同じようなことになったらと思うと、行く気になれなかったのだ。しかし、それも今日のように最初から一緒であるなら意味のないことで――。
考えた末、宰はふと口を開いた。
「お前、飯は?」
「まだです」
「じゃあ、ここで買って行くか」
宰の提案に、優駿は「じゃあ、今度こそ奢らせて下さい」と明るく胸を叩いた。
宰は「ハイハイ」と頷き、思いの外穏やかな気持ちでドライブスルーへと車を寄せた。
「――で、お前、特に行きたいとこある?」
再び信号に引っかかり、宰が訊ねると、優駿は購入した品を抱え直しながら、予想以上にきらきらと瞳を輝かせた。
「えっ、そんなの……っ俺が決めていいなら、美鳥さんの家!」
「却下」
しかし、それを宰は即断で切り捨てる。
「俺、別に何もしませんよ……?」
(そこはしていいとこだけどな)
大仰なほどがっくりと肩を落とすその様に、思わず声無く破顔する。
ややして、未だ赤信号の前方に顔を向けたまま、横目にちらりと優駿を見た。
「他に無いなら……」
次いで下から覗き込むように、僅かに首を傾げて囁いた。
「俺、お前の部屋に行ってみたいんだけど」
* * *
優駿の案内に従い、部屋に元々ついていると言う、普段は空の駐車場に車を入れた。オートロックのエントランスを抜け、殆ど音のしないエレベーターに乗り込むと、間もなく目的の階へと到着する。
柏尾曰く“すごいとこ”なだけあって、建物の大きさに対して戸口数が少なく、更に階上になるほどその数は減り、優駿の借りているメゾネットタイプの部屋と言うと、そのうち二戸しかないフロアの南東に位置する部屋だった。
「……本気で無駄に広いな」
噂に聞いた3LDK。玄関から続く廊下を抜けて、広々としたリビングに通されると、宰は思わず室内を一望した。
もともと収納スペースが多いからか、持ち込みの家具類はほとんどないようだ。だが壁際に置かれたテレビは実際店でもほとんど売れないようなサイズだし、その正面に鎮座しているカウチといい、所々に飾られている絵画といい、それらは見るからに値が張りそうで、今更ながらに住む世界が違うのだと思い知らされた。
「上にあと二部屋あるんです。全然使ってないんですけどね」
言われると同時に、目に留まったリビングイン階段をゆっくり見上げる。リビングは半分吹き抜けになっており、階段は螺旋階段だった。天井では喫茶店などでよく見るようなシーリングファンが回っている。
「元々は親が買って、使ってなかった部屋なんです。だから家賃はいらなくて」
宰の挙動を見守っていた優駿が、横から説明を入れる。そのまるで衒いもない物言いに、宰は静かに優駿に視線を戻し、
「お前はもう少し、世間と言うものを知った方がいい」
と、その額を軽く小突いた。
「あ、わ、わかってますよ? バイトし始めてからは特に……自分の在り方について、少しは考えるようになりましたし……」
怒られたようにとったのか、優駿は言い繕おうとしながらもしゅんとする。その姿に宰は微かに口元を綻ばせ、再び周囲を見回した。
「あそこか? お前がいつも寝てる部屋」
そして突然歩き出す。間もなくリビングに面した一枚の扉の前に足を止めると、返事も待たずにドアノブに手を掛けた。
ともだちにシェアしよう!