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番外編1『ある秋の日のこと。』(1)
早朝、目覚ましのアラームが鳴るより先に、ピンポーン、とインターホンのチャイムが鳴った。
「……遅ぇよ。いや、早ぇんだよ。お前いま何時だと思ってんだ」
宰はあくびを堪えるよう、口元を押さえながら玄関のドアを開ける。
そこに立っていたのは、幾分疲弊した様子の優駿だった。
「すみません、次のシフトの人が急に来れなくなって、代わりに残ってたんです」
「……ああ、コンビニのバイトか、今日」
「はい。連絡できなくてすみません。深夜は俺一人だったので、思ったよりばたばたしてしまって」
会話を続けるかたわら、宰はさっさと部屋の奥へと戻って行く。優駿がその後を追う。
大学三年生の優駿は、現在家庭教師とコンビニスタッフのバイトを掛け持ちしている。
裕福な家でぬくぬくと育ち、ある意味世間知らずな優駿に、働くことを勧めたのは宰だった。
(……掛け持ちまでしろとは誰も言ってねぇけどな)
本当なら、昨夜――少なくとも日が変わる前には来ていたはずの優駿だ。そして今日、宰はせっかくの公休日。思えば溜息もでる。
かと言って、理由がバイトというなら、それについて文句は言えない。バイトするにあたり、「社会勉強にもなるし」「若いうちに色々経験しておくのは悪くない」と言ってしまったのも宰なんだから。
(つーか、いちいちやることが極端なんだよ、お前は……)
心の中でぼやきながらも、宰はキッチンに向かい、ホットコーヒーを一つ用意した。
宰の住むアパートは、古いながらも2DKと独り暮らしをするには十分な広さがあった。優駿の高級マンションに比べると、どうしたって見劣りはするものの、物が少ないだけに人一人増えたところで寝る場所には困らない。
優駿は壁にもたれかかるようにして畳の上に座り込み、盛大な欠伸をひとつ漏らした。
「飯は? それともすぐ寝るか?」
宰はマグカップを手に声をかける。
けれども、それに答える声はなく――それもそのはず、振り返った視線の先で、優駿は既に夢の中だった。
* * *
数時間後、珍しく宰はフライパンを片手にキッチンに立っていた。もともと料理は苦手ではないが、一方で面倒だという気持ちもあるので、日頃はそこまでする方でもない。
けれども、今日はなんとなく作ってもいいかという気になって――たまたま材料が揃っていたこともあり――宰は慣れた手つきで熱したフライパンにバターを落とした。
「いい匂いがする」
その背後から、唐突に声がする。次いで、すり寄るように身体を添わせてくる気配。横目に見遣ると、いつのまに起きたのか優駿が肩越しに手元を覗き込んでいた。
「目が覚めたならシャワーでも浴びて来い」
あからさまに「邪魔だ」と浴室の方に追い払おうとする。
しかし優駿は、めげるでもなく名残惜しいように宰の髪に頬をくっつけ、
「フレンチトースト、俺好きです」
心底嬉しそうに笑うばかりだった。
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