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番外編1『ある秋の日のこと。』(2)

 *  *  * 「美味しいっ……すっごい美味しいです!」  シャワーを済ませた優駿は、首にタオルをぶら下げたまま、待ちきれないように出来立てのフレンチトーストをほおばっていた。  その座卓の向かい側に、ホットコーヒーの入ったマグカップを二つ置き、そのまま宰も腰を下ろす。 「ほんとやばいです! お店で食べるのよりずっと美味しい!」  さすがにそれは褒めすぎだろ、と思いつつも、その無邪気な反応には自然と表情が緩んでしまう。 (まぁ、口は肥えてんだろうしな)  そう思うと正直嬉しくもあり、宰は休むことなくフォークとナイフを動かすその様を穏やかに眺めながら、目の前に置いたマグカップの一方に手を伸ばした。 「そういえば、ハロウィンのお菓子、美鳥さんは何を作るんですか?」 「――は?」  しかし、そんなほのぼのとした時間も長くは続かない。次の瞬間、宰は優駿へと差し出そうとしていたマグカップを途中で止めて、思わず眉を顰めていた。  唐突に振られたその話題は完全に予想外で、 「……何の話だ」  しばしの沈黙の末、探るように口を開くと、裏腹に優駿はきらきらと瞳を輝かせて言った。 「お店でハロウィンのお菓子配るなんて、子供たちきっと大喜びですよね。前にやった、縁日企画も盛況だったし」 「お前、その話どこで聞いた」 「え……?」 「ハロウィンの話だよ」 「店長さんに聞きましたけど……」  宰は深い深い溜息をつき、目眩がするように額を押さえた。 (店長……)  まだ公には告知されていない内容のはずだ。それをこうも簡単に部外者に……。  思うものの、優駿の言う縁日企画の時も、それこそスタッフの一員のように扱われていたのだから、それも仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。  宰は若干遠くを見るような眼差しで、手元のカップを傾けた。その目の前で、優駿はぺろりと食パン三枚分のフレンチトーストを完食した。 「美鳥さんって、料理上手じゃないですか」 「……上手かどうかわかるほど、お前に作ってやったことはねぇだろ」 「え、だってフレンチトースト(これ)すっごい美味しいですよ」  空になった皿を指差し、優駿は屈託のない笑みを浮かべる。 「そんなもん誰が作ったって同じだよ」 「同じじゃないですよ! うちの母親が作るのよりずっと美味しかったし、なんていうか、お店で出てくるような味でした。香り付けにオレンジジュース使ってますよね? 料理できない男の人は、なかなかそこまでやらないと思いますし」 (………それにお前はさくっと気付くんだな)  言われて、宰はうっかり感心してしまう。  見た目以上に勉強ができる点といい、優駿の意外性には思いのほかどきっとさせられることがある。  宰は取り繕うように咳払いを一つして、テーブルにカップを下ろした。 「とにかく、その日俺は何も作らねぇから」 「ええっ、何でですか!」 「何でもくそもねぇよ。作るヤツは他にいるからだよ。俺は当日も通常通り接客してるだけ。つーかその日は忙しいだろうしお前くんなよ」 「それは無理です!」  優駿は驚いた風に声を上げる。その至極当然とばかりの言いように宰の方が驚いた。 (嫌でもなく無理なのかよ)  半眼になりつつ、心の中で冷静に突っ込む。 「俺……」  すると優駿は射るような眼差しで宰を見詰めた。宰は僅かにたじろぐ。その一途すぎる瞳は宰にはまだ少し眩しかった。

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