62 / 93
番外編1『ある秋の日のこと。』(2)
* * *
「美味しいっ……すっごい美味しいです!」
シャワーを済ませた優駿は、首にタオルをぶら下げたまま、待ちきれないように出来立てのフレンチトーストをほおばっていた。
その座卓の向かい側に、ホットコーヒーの入ったマグカップを二つ置き、そのまま宰も腰を下ろす。
「ほんとやばいです! お店で食べるのよりずっと美味しい!」
さすがにそれは褒めすぎだろ、と思いつつも、その無邪気な反応には自然と表情が緩んでしまう。
(まぁ、口は肥えてんだろうしな)
そう思うと正直嬉しくもあり、宰は休むことなくフォークとナイフを動かすその様を穏やかに眺めながら、目の前に置いたマグカップの一方に手を伸ばした。
「そういえば、ハロウィンのお菓子、美鳥さんは何を作るんですか?」
「――は?」
しかし、そんなほのぼのとした時間も長くは続かない。次の瞬間、宰は優駿へと差し出そうとしていたマグカップを途中で止めて、思わず眉を顰めていた。
唐突に振られたその話題は完全に予想外で、
「……何の話だ」
しばしの沈黙の末、探るように口を開くと、裏腹に優駿はきらきらと瞳を輝かせて言った。
「お店でハロウィンのお菓子配るなんて、子供たちきっと大喜びですよね。前にやった、縁日企画も盛況だったし」
「お前、その話どこで聞いた」
「え……?」
「ハロウィンの話だよ」
「店長さんに聞きましたけど……」
宰は深い深い溜息をつき、目眩がするように額を押さえた。
(店長……)
まだ公には告知されていない内容のはずだ。それをこうも簡単に部外者に……。
思うものの、優駿の言う縁日企画の時も、それこそスタッフの一員のように扱われていたのだから、それも仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。
宰は若干遠くを見るような眼差しで、手元のカップを傾けた。その目の前で、優駿はぺろりと食パン三枚分のフレンチトーストを完食した。
「美鳥さんって、料理上手じゃないですか」
「……上手かどうかわかるほど、お前に作ってやったことはねぇだろ」
「え、だってフレンチトースト(これ)すっごい美味しいですよ」
空になった皿を指差し、優駿は屈託のない笑みを浮かべる。
「そんなもん誰が作ったって同じだよ」
「同じじゃないですよ! うちの母親が作るのよりずっと美味しかったし、なんていうか、お店で出てくるような味でした。香り付けにオレンジジュース使ってますよね? 料理できない男の人は、なかなかそこまでやらないと思いますし」
(………それにお前はさくっと気付くんだな)
言われて、宰はうっかり感心してしまう。
見た目以上に勉強ができる点といい、優駿の意外性には思いのほかどきっとさせられることがある。
宰は取り繕うように咳払いを一つして、テーブルにカップを下ろした。
「とにかく、その日俺は何も作らねぇから」
「ええっ、何でですか!」
「何でもくそもねぇよ。作るヤツは他にいるからだよ。俺は当日も通常通り接客してるだけ。つーかその日は忙しいだろうしお前くんなよ」
「それは無理です!」
優駿は驚いた風に声を上げる。その至極当然とばかりの言いように宰の方が驚いた。
(嫌でもなく無理なのかよ)
半眼になりつつ、心の中で冷静に突っ込む。
「俺……」
すると優駿は射るような眼差しで宰を見詰めた。宰は僅かにたじろぐ。その一途すぎる瞳は宰にはまだ少し眩しかった。
ともだちにシェアしよう!