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番外編2『ある冬の日のこと。』(1)

 ピンポーン、と聞き慣れたインターホンのチャイムが鳴る。  けれども、ベッドの中でぐったりと眠る宰はその音に気付かない。呼吸は幾分浅く、うっすらと汗ばんだ額には僅かに髪が張り付いている。  そこに二度目のチャイムが響く。続いて、ドンドンとドアを叩く音。さらには「美鳥さん!」と名を呼ぶ声がした。  そんな喧騒に、宰の意識がようやく浮上する。重い瞼を緩慢にあげると、天井が少し揺らいで見えた。 「何時……」  掠れた声で呟き、ヘッドボードの携帯を手探りで掴む。何度か瞬きを重ね、開いた画面に焦点を合わせた。 「は……?」  刹那、宰は信じがたいように目を凝らした。  不在着信二十件、メール三十通……超え。  誰からの物であるかは容易に想像がつく。  思わず取り落としそうになった携帯を辛うじて掴むと、その拍子に一通の新着メールが表示された。 『悪い、バレた』  文末に添えられていたのは、文面に反して笑顔の絵文字。同じ名前が羅列する中に、一つだけ混じっていた違う名前からのメールだった。 「チーフ……」  怨みがましく零し、宰は携帯の画面をオフにする。  職場の上司である柏尾からの着信はそれだけだった。他のメールや着信の発信者は、なおもしつこく宰の部屋のドアを叩いていた。 「美鳥さんっ……!」  額に張り付いていた前髪をかき上げながら、けだるげにドアの施錠を解いた。途端、待ち侘びたように外から扉が開かれ、宰の身体が僅かによろめく。 「大丈夫ですか!」  そこに慌てて伸びる腕。原因はお前だと言うのも億劫で、宰はただ深く息を吐いた。 「熱、高いんですか? 俺、さっき店で美鳥さん休んでるって聞いて……っ、言ってくれればいつだって飛んできたのに!」 (……だから言わなかったんだよ) 「あの、とりあえず空腹時でも飲める薬と、他にも差し入れとか色々持ってきたんで……って、あっ、お医者さん連れて来た方がよかったですかね? もしよければ今から俺の主治医――」 「いい……お前が持ってきたので」  ベッドに戻った宰の横で、優駿はかいがいしく持参した袋を覗いては手を突っ込んでいる。 「あ、そっか……」  と、取り出した体温計を差し出す手を止めて、思い出したようにふふ、と笑った。 「美鳥さん、お医者さん嫌いなんですっけ」 「……お前、それ…」  何で知って――…。  宰は言いかけた言葉を途中で飲みこむ。これでは肯定するも同じだと気付いたからだ。  しかし優駿は構わず答えた。 「柏尾さんから聞きました。それで差し入れ、柏尾さんから預かったのもあるんですけど」 (……あの男……また余計なことを……)  宰は、どうせまた面白がって情報提供したのだろう柏尾の顔を思い浮かべ、忌ま忌ましげに舌打ちした。 「でも、お医者さん嫌いだなんて、美鳥さんなんか可愛い」  反してそう続ける優駿は、どこか照れているようにも浮かれているようにも見える。 (だから知られたく無かったんだよ……)  心底思いながらも黙殺し、宰はごまかすように優駿の手から体温計を抜き取った。

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