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番外編2『ある冬の日のこと。』(6)

「嫌じゃないですっ、俺……っ、その、喜んでいただきます!」 (よろこ……つか、いただきますって……)  宰は一瞬唖然とし、遅れて顔を隠すように口元を押さえた。  ほとんど自分から言わせたようなものなのに、柄にもなく可笑しさとは別に気恥ずかしさが込み上げてきた。たちまち頬がじわりと紅潮する。 (こんなの、風邪のせいだ……熱がまだ下がってないからだ)  そう思わなければやってられない。顔だけにとどまらず、耳まで赤くなっているのが分かる。電気を点けていなくて本当に良かったと思った。 「大好きです、みど……宰さん」  優駿が唱えるようにそう告げる。宰は思わず小さく笑った。 (バカの一つ覚えじゃあるまいし、そう何度も言われなくても知ってんだよ)  思いながらも、次には労るように抱き締めてくる腕に身を委ね、浸るように目を閉じる。そして応えるように自分からも手を伸ばし、優駿の背中に腕を回した。 (ホントバカなヤツ……)  *  *  *        例え迷信だとしても、風邪は人にうつすと早く治るとはよく聞く話だ。そして実際うつるようなことを宰と優駿はしたわけで――。  それなのに、翌日、まるで起き上がれないほど体調を崩していたのは宰の方だけだった。  結果、見兼ねた優駿が自分の主治医を勝手に呼んで、大嫌いな注射まで打たれる羽目になった。おかげで確かに回復は早かった。だが注射を打たれた腕は、未だにずきずきと痛んでいるように思えてならない。――だから嫌だと言ったのに。薬は苦いし、注射は痛いから。 (それもこれも、アイツがしつこいせいだ……)  実際、宰に許された優駿はどこまでも一直線だった。そうなると当然のように一度では終わらない。  はっきり拒絶しなかった自分も自分だとは思う。思うけれど、そもそも何度目かわからなくなった頃には、ほとんど意識もない状態だった。となれば、抵抗できないのも当然と言えば当然だろう。 (つーか、それなのになんでアイツはああまで何ともないんだよ……)  注射を打った日の翌日には、何とか平熱に戻っていたものの、あと一日大事をとって休めと上司に言われた宰は、大人しく自室のベッドに横たわっていた。そして遠い目で見慣れた天井を眺めている。  優駿は翌日も宰の部屋に泊まり、今朝も宰の部屋から直接学校――今日は午前中だけらしい――に行った。昨日はバイトも学校もなかったため、一日中べったりだった。それこそ寝る間も惜しんでずっと宰の看病をしていた。  それなのに相変わらず優駿は元気そのものだった。熱が下がったとは言え、未だ体力の戻らない宰とは裏腹に、見るからに気力も体力も有り余っていて、到底徹夜続きに近い生活を送っているようには見えなかった。 (育ちとか、若いから……ってだけじゃ片付かねぇよな)  ここまでくると、以前、風邪をひいているところにインフルエンザをうつされ、しばらく寝込んだという話まで、実は嘘だったのではないかと思えてくる。 「そういや、あれ以外で風邪ひいたって話も聞かねぇしな」  宰は半ば呆れたように苦笑しながら、のろのろと身体を起こした。

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