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番外編3『ある春の日のこと。』(1)
社員旅行は五年に一度。二十二歳で入社し、今年二十八になる宰は今回が二度目の参加となる。
時節は春――。新シーズンに向けた繁忙期が過ぎた頃、本部より店休日がかぶらないよう支店ごとに決められた日程と予算――各店舗の売り上げに応じて増額有り――の通達があり、それに添って計画された旅行先は、店から三時間ほどバスを走らせたところにある海沿いの温泉旅館だった。
* * *
「もし今の店長が異動になったら、チーフが繰り上がりで店長になったりしないんですか」
カウンターの天板に頬杖をつき、宰はおもむろに口を開く。その言葉に、隣でウイスキーのグラスを傾けようとしていた柏尾の手が止まった。
「……何言い出すの、いきなり」
社員旅行を一週間後に控えたその日、仕事を終えたその足で、宰は柏尾行きつけのバーに立ち寄っていた。以前は宰もしばしば通っていた店だ。しかしそれも小泉優駿と言う特別な相手ができてからはめっきり減っている。
たまに顔を出したとしても、今夜のように柏尾と仕事終わりに一杯、というくらいで、最近ではそもそも夜飲みに出ること自体自然と控えるようになっていた。
「聞いてますよ。店長代理の試験には通ってるって。次の店長の試験だって、普通に受ければ通るのにって言われてるらしいじゃないですか」
「いやぁ……それもまぁ、タイミングってもんがあるし」
「でも、今回、うちの店に貰えた旅行の予算、かなり多かったじゃないですか。それって、近々そうなってもおかしくないって流れでしょ。実際、いまの店長が来てから売り上げかなり伸びてるし」
苦笑気味に笑う柏尾に、宰は目の前のノンアルコールカクテルをぼんやり眺めたまま、淡々と呟いた。
「まぁ、それでも今回の旅行は……本当に予算内で収まるのか疑問ですけど」
「お前、結構気にしぃだよね」
からかうように言われて、思わず柏尾を一瞥する。
柏尾は「怖っ」とふざけるようにこぼし、残っていたウイスキーを一気に飲み干した。それから天板に投げていた煙草の箱を拾い上げ、抜き出した一本を口端に銜えると、
「まぁ、少なくとも旅行の予算のことは気にしなくていいんじゃない?」
早速火を点けたそれを一息吸い上げ、紫煙をふーっと吐き出した。
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