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番外編3『ある春の日のこと。』(2)

「何でですか?」 「何でってそりゃ――…」  怪訝そうに見てくる宰に、柏尾は小さく肩を竦めて笑う。 「だってほら、その超有能な店長が大丈夫って言ってんだから。そりゃ大丈夫でしょうよ」 「それはそうかもしれませんが……」  相変わらずひょうひょうとしたその態度に、宰はどこか腑に落ちないものを感じながらも、 「ていうか、お前さ、他に話あるだろ?」  継がれた問いに、意識はすぐさまそちらに移った。 「何か言いたそうだったから、誘ってみたんだよ。でなきゃ乗ってこないだろ、コイくんのバイトがない日になんて、特に」 「べ、つに……そんなつもりは」  手持ち無沙汰そうに、カクテルグラスに添えられていただけの宰の指がぴくりと動く。普通に返したつもりの声が、予想外に上擦った。  そんな宰を横目に、柏尾は安物のライターを天板に転がし、入れ替わりに灰皿を引き寄せる。そこには既に何本あるのかわからない量の吸い殻が入っていた。 「なに、コイくんのこと?」  はっきり言葉にされると、グラスを持つ手が再度揺れた。宰は指先を握り込み、逃げるように視線を落とした。 (何もかも見透かしたように言うなよ)  心の中で呟いてみても、負け惜しみにしかならない。事実、柏尾の指摘は間違っていなかった。  何も宰は、柏尾の出世話を聞くためだけにここに来たわけじゃない。自分の中に、話したくても話せない――でも本心では誰かに聞いて欲しいと思うことがあったから――、今夜は暇だと言った優駿を余所に、柏尾の誘いに乗ってしまったんだと思う。まさかそれが、柏尾の思惑通りだったなんて思いもせずに。  かと言って、絶対にそれを口にしようと思っていたわけでもなかった。自分で持て余しているからと言って、それを誰かに話しても、どうせ結果は変わらないと分かっていたからだ。  ――だけどやっぱり吐き出したいと思う気持ちは消えなかった。  そこまでバレているなら今更な気もするし、そう言う相手として柏尾は申し分のない相手だ。柏尾は宰と優駿のことをよく知っているし、何より宰の扱いに慣れている。 (ホント腹立つ……腹立つ、けどっ……)  宰は悔し紛れにグラスの残りをごくごくと飲み干した。  乾いた喉を冷たい液体が潤していく。だがアルコールを含まないそれが思うように背中を押してくれることはない。  ややして、宰は顔を上げた。 「すいません、ジンライム下さい」  結果、宰が選んだのは、空にしたグラスを天板に戻すと同時、カウンター内にいたバーテンに声をかけることだった。

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