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番外編3『ある春の日のこと。』(7)
(店長、どこまで考えて動いてんのかな)
思えば優駿が入院した時も、店長だけは当日退院だと知っていた。それなのにそのことを伏せて見舞いに行かせたのだ。店長が直接指名したのは柏尾だったが、そうすれば宰も同行することになるだろうと、もしかしたらそこまで読んでいたのかもしれない。
他人の人間関係にさほど興味があるようには見えないが、かと言って全てが偶然というには不自然だったと、今にしてみれば思うのだ。
(マジ分かりにくいんだよ、あの人……)
今回のことだって、以前優駿を店のイベント企画に臨時でバイトに雇っていた時と同様、その日その時、その状況になるまで誰にも何も知らされていなかった。それだってもしかしたら、言えば宰が参加を見合わせるのではないかと踏んだからかもしれない。
そうかと言って、店長自身がもともとサプライズ好きだから、と言われたらそれはそれで驚かない。優駿のこと以外でも、似たようなことはままあるからだ。
(だめだ、本気で何考えてんのかわかんねぇ……)
いつまで経ってももやもやの晴れない宰の心境とは裏腹に、室内はすでに誰がどこの席に座っていたかも分からないくらいに混沌としていて、その誰もがここぞとばかりに酒を飲み、賑やかすぎるくらい賑やかに宴会を楽しんでいた。
宰はそんな周囲をぼんやり見渡し、密やかに溜息をつくと、
(…酒か……)
無意識に浴衣の合わせを軽く正し、改めて自分の御膳に目を戻した。
(もう少しくらい飲んでもいいかな)
視線の先には、ソフトドリンク用のグラスとは別に、乾杯の時に使ったグラスが置いてある。飲むのは最初の一杯だけと決めて空にしたそれは、しかし、気がつけば薫の手によって二杯目のビールで満たされていた。
泡は既に消えている。それをじっと見詰めながら、それでも隣のウーロン茶に手を伸ばす。その手がふと動かなくなる。半ば虚ろな双眸が、琥珀色の液体を捕らえて離さなかった。掴んでいたグラスから手を退いて、思わず持ち替えてしまいそうになる。
その時、まるでそれを諌めるように、
「すみません、遅くなりました」
と、宰の背後の襖が開いた。
凍り付いたように固まった宰はすぐには振り向けない。振り向けなかったが、その声が誰のものであるかはすぐに分かった。
「なぁに、随分遅かったじゃない。みんな待ってたのよ-?」
どこからか薫の声が上がる。ビール瓶片手にいそいそと寄って行った薫に、「お待たせしてすみません」と笑って頭を下げたのは優駿だった。
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