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番外編3『ある春の日のこと。』(8)

     *  *  *   「あ、美鳥さんお酒飲んでるっ……」  店長等に軽く挨拶をした後、当然のように隣に座った優駿は、宰の前に置かれていたグラスを見て声を上げた。優駿の登場により、結局飲めず終いだったビールが、そのまま放置されていた。 「……最初の一杯しか飲んでねぇよ」  宰が酒に弱いのを知っていることもあり、心配そうに覗き込んでくる優駿から、宰はふいと視線を逸らす。実際には今にも二杯目に口をつけようとしていたところだが、答えたのはそれだけだった。  しかし、そう聞いてもなお優駿はそわそわと宰の挙動を気にしていた。宰の態度が、いつにもまして冷たいと感じているからだろうか。いくら察しが悪いとは言え、旅館についた直後のやりとりのこともある。  それとも、単に宰の「一杯しか飲んでいない」と言う言葉が信じられないのか――。  どちらにせよ、何だか必要以上によそよそしく感じる優駿の態度は、宰をますます複雑な心地にさせた。 (つーか、そもそも誰のために飲んでねぇと思ってんだよ)  宰は内心吐き捨てるように呟き、無言でウーロン茶のグラスを呷った。  気まずいような沈黙が落ちる。たちまち重くなった空気に、横から柏尾が口を挟んだ。 「や、ホント飲んでないよ、こいつ。唯一飲んだのも、最初の乾杯の一杯を付き合いで、ってだけで」  柏尾は宰を挟んだ反対側から、持っていたお猪口を小さく掲げて見せると、「まぁ俺は遠慮なく飲んでるけどな」と揶揄めかして笑った。 「そうですか……」  第三者からの証言でようやくほっとできたのか、優駿は気が抜けたように表情を和らげた。 「まぁいいから、アンタも飲みなさいよ」  と、そこにふたたび薫が割って入る。薫は有無を言わせず優駿の手に空のグラスを押しつけると、間髪入れずに持っていたビール瓶をそこに傾けた。 「みなさん、楽しそうでホント良かったです」  戸惑いながらもお酌を受けた優駿は、促されるまま、こぼれるほどに注がれたビールを一気に飲み干した。それから一つ息をつき、何事もなかったように破顔する。隣にいる宰にも、いつもと変わらない様子で笑いかけた。 「あらぁ? コイくんったら、もしかして強いの?」  優駿がどこを見ていようと、空になったグラスには、すぐに二杯目が流し込まれる。優駿は慌てて手元に意識を戻し、「あ、はい。弱い方ではないと思います」と、薫にも同じように笑顔を向けた。  そんな二人を横目に、宰はちびちびと小鉢の残りを口に運ぶ。  視界の端に入る優駿は私服姿で、浴衣姿ばかりの会場の中では明らかに浮いて見えた。それが宰の中でいっそう「自分達とは違うのだ」という思いを深くして、終には逃げ場もないほど追い詰められたような気分になってしまう。  しかし裏腹に優駿は、まるで何の悩みも無さそうな顔で、改めて宰の姿をじっと見詰めると、突然はにかむように頬を染めた。

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