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番外編3『ある春の日のこと。』(11)

「お前――…お前は、そんな軽々しく俺のことを、大切だとか……言っちゃいけねぇんだよ。それも、親族相手にだなんて、もってのほかだ」  宰は優駿を見据えたまま、乾いた喉で、搾り出すようにして言った。言葉にするにつれ、胸が締め付けられるように痛んだが、それに構っている暇はない。 「誤解されて、一番困るのはお前だろ。……俺だって、余計な恨みは買いたくねぇし」  そう続ける宰の瞳を、優駿は射抜くような眼差しで見詰めていた。先に目を背けたのは宰の方だった。 「はっきり言って、迷惑なんだよ。だから――、だから、今後は気をつけろよ。俺は別に……とりあえず今があればそれで――」 「……どうしてですか」  優駿の声が、明らかに変わった。宰の言葉を遮るようにして紡がれた声音は、静かでありながらもどこか怒気を孕んでいるように聞こえた。宰は一瞬息を呑み、ゆっくりと視軸を優駿に戻した。 「どうして言っちゃいけないんですか。誤解されるって何……? 今……今があればって――どうしてそんなこと言うんですか!」  言い募るにつれ、語気がどんどん強くなる。優駿の両手が宰の肩を掴む。痛みが走るほどに力を込められ、宰は思わず目を眇めた。 「っ……、別に俺は、今すぐ別れようとか、そんなことを言ってるわけじゃ……」 「解ってますよっ……、でも、今すぐじゃなくても、その覚悟は常に出来てるって意味でしょう? そんなの、俺は嫌です! 俺は美鳥さんといつまでだって一緒にいたい……それくらい美鳥さんは俺にとって大切な人なんです。その大切な人を大切な人って言って、何が悪いんですか!」 「っ――…」  最後はぶつけるようにして言われ、そのあまりの激しさに気圧されてしまいそうになった。きつく言い聞かせるみたいに身体を揺さぶられ、何度視界がぶれたか知れない。  もともと過ぎるほど真っ直ぐな性格なのは分かっていたし、時に頑固な面があることも知っていた。それでもいつだって最後には宰の意思を尊重してくれていたのに、今回ばかりはまるで様子が違っていた。  それまでの優駿は、宰が本気でNOと言えば、それ以上我を通そうとすることはなく、少なくともこんな風に宰を責め立てるようなことはしたことがなかった。  だから余計に驚いていた。まさか自分が、優駿にここまで一方的に言い負かされそうになるなんて、夢にも思わなかったし――。 「こいず――…、じゃなくて、優駿」  苗字で呼びかけ、二人きりなのを思い出し、名前に言い変える。見詰め返した優駿の瞳には、薄っすらと涙が滲んでいた。 「でもな、やっぱりお前は小泉の人間で……俺は男だし、そもそもお前はゲイじゃない。そんなお前が、いつまでもこちら側にいていいわけ――」 「嫌です」  だからと言って、やはり「はいそうですか」とすぐに折れることもできず、宰は宥めるように言う。 「……まぁ聞けよ」 「嫌です」 「いいから聞け。――なんだかんだ言って、遠くない将来、お前は結局小泉家(いえ)に戻らなきゃならないだろ。遠くない将来っていうか、早ければもう一年後だよな。大学、卒業すんだから。そうなった時、さすがに俺はついて行けねぇよ? 跡継ぎ強請られたって、子供が産めるわけじゃねぇし」 「嫌ですっ」 「……俺が本気で不本意だって言ってもか」 「嫌です!」  何を言っても、ひたすら首を横に振る優駿に、宰は呆れたように息をつく。 「だって、俺、やっぱり嫌です……美鳥さんと離れるなんて、考えたくない……。それくらいなら、家を捨てます」  優駿の目から、ぽろりと雫がこぼれて落ちた。乞うように紡がれた声にも涙が混じる。 「捨てるってお前……」 「捨てます!」 (いや……、んなこと、簡単に言うなよ)  宰の表情が僅かに引き攣る。だがそれを言っても無駄な気がして、ただ力無く首を横に振った。

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