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短編2『柏尾の独白』(1)

 あの日お前に声をかけたのは、別に気があったからじゃない。  その時の相手があまりにもどうかと思ったからだ。  俺がちょくちょく顔を出していた|あの店《バー》は、ストレートだけでなく、ゲイやバイの客も少なくなかった。  カウンター席で独りで飲んでいるときは声をかけられることも多く、それを知ってか知らずか、初めて姿を見せた日から、美鳥はずっとカウンター席に座っていた。  対して俺はだいたい飲みたいだけで、似たような常連客と他愛もない話をしながらボックス席で過ごすことが多かった。  暗い店内で、美鳥はいつも酔っぱらっていた。その姿はあまりに職場で見るものとかけ離れていて、最初は俺も別人かと思ったくらいだった。  職場での集まりではほとんど飲まなかったため、単純に酒は苦手なのかと思っていたが、実際には飲めるのに飲んでいなかったらしい。寧ろ、後には「酒は好きだ」と言っているのを聞くことすらあった。まぁ、見る限り強くはなさそうだったが。  そんな美鳥が、いっそう暗がりの席にいる俺に気づくことはなく、かと言って俺もそう決め込むかと言えばそれはそれで難しく――。  いや、それでもいつもは時折視界の端で気にかけている程度だったのだ。誰と連れだって消えようが一切見て見ぬふりで。  だけどその数ヵ月後――さすがにそこそこ特殊な性癖だと水面下では有名な男が、美鳥をそうと知らせず誘っているのを目にしたら、 「ちょっと待って。ごめん、そいつ俺の連れだから」  それ以上黙って見ていることもできなくなってしまった。  基本的に面倒事は嫌いで、こういう場でのトラブルは当然自己責任だと思っている俺が、らしくなく二人の間に割って入り、気が付くと今にも口付けそうに顔を寄せていた男から美鳥を遠ざけていたのだ。  *  *  *   「ほら、とりあえずこれでも飲めよ」  店から連れ出した時には、すでに足下も覚束なくなっていた美鳥を休ませるため、俺は仕方なく近くのホテルに部屋を取った。  着崩していた上着を脱がせ、ひとまずベッドの上に横になるよう促すと、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをその手に握らせる。

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