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第3話

「Was it really nice?(本当によろしかったんですか?)」  男は李の隣へ座ると、バーボンのグラスには手をつけずに李に聞く。  すると、李は目線だけを動かして、男の言葉に返した。 「国はどこだ?」 「え」 「Japan? China? Asia?(日本? 中国? それとも、アジアのどこか?)」  李は男の方を一瞥し、バーボンをからりと傾ける。男は「日本です」と答えると、李は嬉しそうに笑う。  李の様子に、男は話が見えないが、この国に来て5年。  このビッグアップルには母国の言葉が通じる者は社内ですらいないに等しく、男も李に気を許した。 「私は……」  男は名乗ろうとすると、李はストップをかける。 「いや、お互い、名乗らない方が良いだろうさ」 「というと?」 「おめぇさんも何者でもねぇヤツになりたくて、来たんじゃねぇか? でなきゃ、酒も、バーも必要はねぇ」 「成程、貴方も何者でもない人間になりたいってことだ」  男もふふっと笑うと、バーボンを飲む。  何者でもない人間。  李は常にメルキオール・ガルビーノJr.として組織にいた。お気に入りのソースをかけて、レアステーキに齧りつく時も。お気に入りのボディソープで体を洗い、シャワーを浴びる時も。ベッドで、誰かに睦言を言いながら女の肌に触れる時でさえも。  メルキオール・ガルビーノからJr.の名前を受け継いだ時からJr.として生きて、死ぬのだ。  だが、そんな彼の生き方に彼自身が疲れていたのだろう。バーボンをカッと飲み干すと、グラスをバーテンダーの方へ押し出した。 「へぇ、こりゃおもしれぇ」  ますます気に入ったと言わんばかりに、男を見る。  アメリカ人のような派手な容姿や茶目っ気のある着こなしをしている訳はないが、落ち着いたスーツやシンプルな時計は確かに物が良く、品があり、着方1つとっても、どこまでも正統派であり、男には似合っている。  それに、男自身も地味ながらも、眉から目鼻、口元や顎のラインに至るまで小綺麗に整った顔立ちをしていた。

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