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第15話

 1960年2月14日はヴァレンタインデーでもあったが、全米で最大の教会であるビッグアップルの大聖堂では歴史上、最も盛大で豪華な結婚式が開かれようとしていた。 「Best wishes!(おめでとうございます)」  式の前、本日の主役の1人でもある黒木慶喜は待合室を抜け出していた。 「Thank you very much! Thank you very much!(ありがとうございます、ありがとうございます)」  目立たないように式で着用するプリンス・アルバート・コートを脱いで、淡い金色のタイは控え室に置いてきたというのに、参列者は目敏く慶喜を見つけては挨拶をしてくる。  その度にトイレを理由に、慶喜は人を交わして、一般のプレゼントを受け取る窓口まで来ていた。  一般と言っても、大企業の社長やら資産家やらからのプレゼントが殆どで、中身は分からぬが、高価な調度品やらワインやウィスキー等が入っているようだった。 「Thank you for receiving my wedding gift.(お疲れ様です)」  慶喜は4人の受付係にそれぞれ丁寧に労いの言葉をかけると、がたいの良い受付係長は花束を差し出す。 「I'm sorry. This is down...(すみません、こちらの花束が落ちていて……)」  つい5分程前にたくさんのプレゼントの受け取りがあり、4人の受付係は対応に追われていたという。  爆弾や毒ガスの噴射器など、危険物は取りつけられていないことを確認はしたのですが、と続ける受付係長の言葉を聞きながら、慶喜は花束をまじまじと見る。  すると、白いバラの花に埋もれるように1枚のカードが顔を出した。 「あぁ……」  慶喜は丁寧にカードを取り出して見ると、今まで感じたことがないくらい息が苦しくなった。  息が苦しくて、自然と一筋の涙がほろりと溢れる。 「S……Sir. Kuroki?(く……黒木様?)」  声もなく美しく泣き出す慶喜に、受付係長はおずおずと声をかける。  だが、次の瞬間、黒木は受付係長に花束を落とすように渡すと、大聖堂の外の通りに飛び出ていた。  恋人を探す為に、無意識だった。 『親愛なる黒木慶喜様           マッカーシーの恋人より』  日本語を知っていて、日本語でメッセージが書ける可能性がある。  黒木慶喜という人間を知っていて、ビッグアップルの場末の小さなバーであるマッカーシーを知っている。  そんな人間は世界にたった1人しかいないのだから。

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