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第23話

「シチリアの方も捨てがたかったんですけど、南の夏は暑そうでしょう」 と、慶喜は笑う。 シチリア島と言えば、ガルビーノ家があった土地だと先代のメルキオール・ガルビーノから聞いたことがあった。 『Do you regret?(後悔しているか?)」 先代のメルキオール・ガルビーノと出会ったのは李龍が15歳になる年だったが、既に70を超えていた。しゃがれた声に、組んだ右手の人差し指の先端で左手の基節骨の辺りを撫でる。 李龍が19歳になる年の冬に亡くなってしまった為、何回かしか直に話をすることはできなかったが、李龍が想像するマフィアよりずっと柔和な笑顔をする人物だった。 『If you don't feel like it, you can still decline.(気が向かないなら、今からでも断っても構わない)』 もしかしたら、メルキオール・ガルビーノの跡目を後からでも継がなかったら、石田はまだ今でも生きていたのではないか。 過ぎたこととは言え、その可能性がつき纏う限り、李龍の気持ちは晴れ切らなかった。 「ああ、あちぃのはやだな」 李龍は炎天下の汗のように噴き出す嫌な気分を誤魔化すと、青い空を見た。 ローマからフィレンツェやピサの方面へ北上し、ミラノやトリノを目指す。ただ、宛てがあったり、先を急いだりする訳ではない。上手いワインがあれば、その街に留まったり、花には別段、興味がなかったが、空の下、一面に咲いているひまわり畑を眺めたりする。 「やっぱり、もう枯れかけていますね」 イタリアのひまわりは故郷のものよりも7月の上旬と1ヶ月程、早く盛りを迎えて、その命を終えていくと慶喜は言う。 その様は以前、慶喜に渡した真っ白に咲き揃う薔薇や黄金に咲き誇っていただろうひまわりよりも美しかった。

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