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名前がなくても愛してる 2
浩一は紘弥の目に陰りがないのを何度も確かめて、彼の言葉を時間をかけて飲み込んで、そして大きく息を吐いた。
「よかったぁ〜……!」
えっ、と紘弥は声を上げた。浩一は笑う。
「ああ、ごめん、その……ほんとに君に嫌われたらどうしようって……。NG出されるんじゃないかと思って生きた心地がしなかったから」
「ええ? そんな心配しないでくださいよ!」
紘弥は本当に驚いたように言ったが、浩一はまだ緊張が抜け切れなくて、苦笑しながらネクタイを緩めた。
「だって、言ってみなきゃわからないじゃない。キャストに本気になっちゃう客なんて、嫌がられたって仕方ないだろ?」
紘弥は少しばかり困った顔をして、それから浩一の手に触れてきた。
「……でも、おれは嬉しかったです。今日来てくれただけでも、ほんとに嬉しくって……」
浩一は目を細める。浩一の思う彼よりも、本物の彼の方がずっと優しくて真っ直ぐだった。
「うん……ありがとう。俺も、君が笑顔で迎えてくれて、すごく嬉しかったよ」
そう言うと紘弥はほっとしたように笑って、浩一の手を握ってきた。
「浩一さん、おれも、浩一さんに言いたかったことがあるんです。聞いてくれますか?」
「もちろん。何?」
紘弥は両手で浩一の手を取って、照れくさそうな笑みを浮かべながら言った。
「おれ、予約表に浩一さんの名前があるの見たとき、ほんとに嬉しかったんです。ほんとにまたおれに会いに来てくれるんだって思って……嬉しすぎて泣いちゃいそうでした。その日は夜なかなか眠れなかったです」
今度は驚くのは浩一の番だった。まさか紘弥がそこまで自分を待っていようとは、想像だにしていなかった。
「えっ……ええ、でも、俺、言ったじゃない。また来るって」
はい、と紘弥は頷く。
「浩一さんが本気で言ってくれてたのはわかってたんですけど、でも、お仕事の都合とか、おうちの都合とか、来たくっても来れなくなることはあるじゃないですか。それに、浩一さんが元気でいるのかもどうかも、おれにはわかんないし……。だから、もう会えなくても仕方ないんだって思ってたんです。けど、また会えて……会いに来てくれて、おれ、すごく嬉しいです」
ありがとうございます、と、紘弥は目を細めて言って、浩一の手を強く握ってきた。
それを握り返しながら、浩一は自分の至らなさにようやく気付く。ずっと彼のことを考えていたつもりだったけれど、何も想像できていなかった。
浩一にとっては紘弥はその気になればいつでも会えるところにいて、様子を知る手段だってあったけれども、紘弥は浩一がいつどこで何をしているのか、知るすべは持っていないのだ。この店では初見の客にキャスト自ら営業をかけたりしないし、紘弥はただ待つほかないに違いなかった。
何の罪滅ぼしにもならない、と思いながら、浩一はポケットから名刺を出して、その裏に連絡先を書き足した。
「これ……よかったらもらって。携帯の番号もメールもプライベートでも使ってるし……あとLINEのIDも書いといたから」
紘弥は目を見開き、おずおずと手を伸ばしながら言った。
「あの…………連絡しても、いいんですか?」
「うん、お店に怒られないなら」
「それは……大丈夫だと思います、けど……」
まだ戸惑っているらしい紘弥に、浩一は笑ってみせる。
「君からの連絡なら、いつだって俺は嬉しいだけだよ。好きな子から連絡もらって嬉しくないわけないだろ?」
冗談めかした台詞に、やっと紘弥も笑ってくれた。
「はい……じゃあ、もらいます。……おれ、ほんとに連絡しますけど、いいんですよね?」
「いいよ。楽しみすぎて俺が眠れなくなるかもしれないけど」
もう、と言って、紘弥はくしゃりと笑った。浩一が想いを告げても変わらずに笑顔を向けてくれるのが有り難くて、浩一も自然と笑顔になれた。
「ああ、でも、すっごい汗かいちゃったな。告白なんてしたの何年ぶりだろう」
そう言うと、紘弥は受け取った名刺で口元を隠すようにしながら呟いた。
「……浩一さん、かっこいいから絶対告白される側ですもんね」
露骨な世辞だ、と思おうとしたのに、自己暗示は恋心には勝てなくて、浩一は顔が熱くなるのを感じる。
「ちょっ……余計汗かいちゃうよ。まいったな」
そう言って襟のボタンを外しながら顔を背けると、紘弥の愛らしい笑い声が浩一の耳をくすぐった。
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