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年下の男の子 1

 休日に駅のコンコースで突然告白をされた。  ナンパか罰ゲームか、と思いたかったが、そのいずれにもとても似つかわしくない相手で、直純(なおずみ)はぽかんとしてしまった。  着崩しのない黒の学ラン、校名の大きく入った使い古された鞄にスポーツバッグ、真面目そうで男らしい黒く短い髪、ピアスはもちろんアクセサリーの類は何一つ着けていなくて、意志の強そうな瞳は見上げる位置にあった。 「急にこんなこと言われて困るのはわかってます。でももし、今お付き合いされてる方がいないなら、名前と連絡先を教えてください」  困るだとか迷惑だとかいう感情がすぐには出てこないほど、直純は唖然としていた。どこからどう見ても高校生で、しかもかなり真面目な部類の人種に思えた。それがこんな人の往来の激しい場所で、何を血迷って自分に告白などすることになったのか。  ドッキリの類だと思うのが一番腑に落ちたが、そう思うには相手があまりに真剣で、演技にしても迫真が過ぎる、と思わざるを得なかった。 「……えっと……なんで僕……?」  もう何を言えばいいのかわからなくて、直純はごくシンプルな質問をした。  相手は変わらず真剣な顔で、まるで用意していたかのようによどみなく言った。 「先週もここにいたのを見ました。そのときが一目惚れだったんです。でも声を掛ける前に見失ってしまって、もう二度と会えないのかと思いました。でも、今日また会えて、これが最後のチャンスだと思ったんです。驚かせてすみませんでした」  驚いたというなら、こんなに驚いたのは久々だというくらいに驚いていた。しかしきっと彼は、直純が何にどう驚いているのか、理解していないに違いなかった。 「先週って……いつ……?」 「土曜の夕方です。5時過ぎだったと思います」  直純は舌を巻いた。確かに土曜の午後にもここに一人で来た記憶があった。 「あー……うん、でも、悪いけど、僕、君とは付き合えないと思うんだよね。これでも一応成人してるし……」  そう言って直純は目を泳がせたが、相手の勢いは衰えなかった。 「そう思われるのも、自分が非常識なのもわかってます。俺だって、もっと普通に出会って、普通に知り合って、それから告白して考えてほしかったです。でも、お願いします。俺のこと知ってから結論出してください。俺が迷惑かけたら、学校にも家にも言ってくれて構いません」  直純は圧倒されて、思わず彼の鞄を見た。見覚えのある高校の名前が、使い込まれてかすれていた。 「俺、もう18ですし、高校はもうすぐ卒業します。進路も決まってます。連絡先教えてくれたら、返事の催促はしません。ただ見てくれたらそれでいいです。無理に会ってほしいとも言いません」  お願いします、と頭を下げられて、直純は窮した。長身で制服姿の彼がこんなところで頭を下げる光景は目立つ。それで直純に大きな不都合があるわけではなかったが、いたたまれない気持ちはどうしようもなかった。 「わかった。わかったから。君ほんとに……ああ、そうだ名前何? 僕直純」 「あっ、すいません、津島(つしま)愁征(しゅうせい)です」  そう言って彼は鞄の側面に油性ペンで書かれた名前を見せてきた。 「かっこいい名前だね。ここ人多いから出よ。目立つよ」 「はい──あの、なおずみさんはどんな字を書くんですか」 「……素直の直に、純粋の純」  名前詐欺だ、とよく言われるので、直純は自分の名前を説明するのが好きではなかった。けれど、愁征は嬉しそうな笑みを見せる。  それを見て、ああ、恋をしている顔だな、と直純は思う。けれど、彼には早々に幻滅してもらいたかったし、若気の至りと諦めてほしかった。  外に出て、道の端で直純は愁征を見上げた。背が高いし、顔立ちも男らしく整っている。明らかにスポーツをしている身体だったし、話しぶりからして頭もいいに違いなかった。  ──それなのに何で僕に惚れるかな。  かわいそうに思う気持ちはあったが、相手が高校生で、しかもこんな真面目を絵に描いたような彼では、遊び相手にするわけにもいかなかった。だから直純はあえて切り出す。 「──あのね、君が僕をどんな人間だと思ってるか知らないけど、先に言わせて。僕、風俗で働いてるの。バイトとかじゃなくて本業で。男の人とセックスするのがお仕事なの。わかる?」  愁征はきょとんとした顔で直純を見下ろしてきた。その目が、何故直純がわざわざそんなことを言い出したのかわからない、と言っているようで、直純は歯痒さを感じながらさらに続けた。 「特定の相手はいないけど、不特定の相手はいっぱいいるの。それでも君は、僕と付き合いたいって思うの?」  少年は直純の目をじっと見て、はい、と言った。 「俺、そういう業界のことよく知らないですけど、直純さんは、その仕事を仕方なしにやってるんですか?」 「な……ち、違うよ。僕はセックスが好きなの。好きでこの仕事やってるの」  直純がそう言うと、愁征は表情を柔らかくして言った。 「じゃあ、何も問題ないんじゃないですか? 好きなことを仕事にするって、誰にでもできることじゃないと思います。それに、俺だって男だから、そういう仕事が世の中に必要だってことはわかります。それを好きでできるのは才能だし、俺が直純さんのこと諦める理由にはならないです」

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