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恋という名前 2

 出勤したての紘弥に、達成が声を掛けたのは翌日のことだった。  悠己と直純の談判の後、紘弥と浩一の様子を見に何度かモニタールームを覗いたが、二人の様子はまるでハネムーンのようだった。浩一はとても遊びに来ているだけの客には見えなかったし、紘弥も浩一がいることの喜びを隠す様子もなく、互いしか目に入らぬ逢瀬といった空気が感じられた。  達成がちょっといいかと言うと、紘弥ははいと答えながらも目を丸くしていた。その瞳の明るいことと真っ直ぐであることは、少しも夜の気配を感じさせず、健やかで素直な印象を与えた。  紘弥はこの陰のない健やかさが、客の間でも好まれていた。彼を抱くと心が洗われるようだと言う者もあった。  窓際の休憩所の、丸テーブルにコーヒーを置いて、紘弥を座らせる。達成が向かいに座っても、紘弥はまだ丸い目をして達成を見ていた。 「あー……別に説教とかじゃないんだがな」  達成が言うと、紘弥は不思議そうな顔をしながら、はい、と言った。 「昨日来てたご贔屓の客……お前が入ったときからずっと仲良くしてるよな?」 「浩一さんですか? はい、すごく……よくしてもらってます」  その名前を口にするだけで、紘弥は嬉しそうに顔を綻ばせた。浩一の存在と喜びの感情が、彼の中で結びついているようだった。 「その……これから、彼とどういう関係を持っていくかっていうのは、何か考えてたりするのか?」  紘弥は今度こそ、真ん丸な目をして達成を見返した。そこには純粋な驚きが詰まっていて、達成はいくらか言い訳をするような気持ちになりながら言った。 「向こうがお前のことを本気で想ってくれてるのは、本人もそう言ったって話だし、お前だってわかってるだろ。──それに、お前だって同じくらい、その、好きなんじゃないのか?」  目を見開いた紘弥の顔が、心なしか赤くなる。そしてその目がゆるゆると伏せられて、視線が落ちた。 「そ、それは……たぶん……」  たぶんなんて言い方をする必要はないのに、と思いながら、紘弥の表情が恋にはにかむそれであるのは明らかで、達成は息をついた。 「好きだって言ったのか? その、向こうと同じ意味で」 「い、言いませんよ」 「客とキャストだから?」 「……」  紘弥は困ったようにまた視線を落としてしまった。真面目な青年だとわかっている。早くこの職場に、この仕事に慣れようと努力をしていたし、他のキャストとも協調しようとしているのが感じられた。 「……決まりさえ守れば客と交際してもいいっていうのは知ってるよな?」  紘弥は頷く。その目許はやはり赤かった。 「本来こんな個人的なことに口出ししたりしないんだが……その、一応見解だけ聞いておいてくれ。彼については……お前が気持ちを抑える必要はないんじゃないかと思うぞ」 「どういう……ことですか?」  紘弥はおずおずとした声で訊いてきた。 「あのご贔屓……浩一さんか。お前の仕事を応援してくれてるんだろ? 独り占めしたくて告白してきたんじゃないって聞いてるぞ」 「それは……はい。いつもすごく気にかけてくれてて、励ましてくれます」 「お前だって、彼のことで頭がいっぱいで仕事がおろそかになってるふうには見えないし、付き合ったからって、そこは変わらないんじゃないのか?」 「……断言は、できませんけど、でも、浩一さんもいつも仕事をがんばってるので、俺もちゃんとしないととは思ってます……」 「それはお前にとって、理想的な関係じゃないのか?」  紘弥はぱちぱちと瞬きをして、達成を見た。 「俺が言うのもなんだが、こういう仕事をしてたら理解のあるパートナーを見つけるのは簡単じゃない。……こういう幸運は、つかめるときにつかまないと、人生でそう何度もあることじゃないぞ」 「……」 「客との交際を勧めたいわけじゃないが、ちゃんと考えた方がいい。考えた上で、客とキャストの関係がベストだってんなら、それこそ人の口出すことじゃないしな」  紘弥は終始驚いたような顔をして達成を見ていて、その瞳の真っ直ぐさにいくらかの気恥ずかしさを覚えながら、達成は立ち上がった。 「あの」  呼び止められて、達成は紘弥を見る。 「あの……ありがとうございます」  達成は苦笑し、手を振って紘弥に背を向けた。

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