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恋という名前 4

「俺、浩一さんが好きなんです」  浩一は少し唇を動かしたけれど、表情を変えなかった。紘弥の心臓は狭いところに押し込められたように苦しくて、強く脈を打っていた。 「俺も、浩一さんに恋してるんです。浩一さんが会いに来てくれたら、いつも仕事じゃないみたいに楽しくて、浩一さんの恋人になれるのが嬉しくて、このまま本当の恋人になれたらいいのにって思ってました。……もっと早く言わなきゃいけなかったのに、ごめんなさい。浩一さんはすぐにちゃんと言ってくれたのに、俺、意気地がなくて……」  浩一は瞬きもせずに紘弥を見つめていたが、やがて糸が切れたようによろめいてベッドに座り込んだ。 「こ、浩一さん?」  浩一は額を押さえて、うめくような声を漏らした。 「……なんか、俺、疲れて頭が回ってないのかな……」  え、と紘弥はうろたえる。浩一の傍らで言葉に迷った。 「……あの、俺……ほんとにごめんなさい。忙しいのに押しかけて……」 「ああ、いや、そうじゃないんだよ」  浩一は紘弥を見上げて、困ったように笑った。 「俺が……その、冷静じゃないなって思って……」 「え……?」 「……紘弥くんとお店の外で会えただけで舞い上がってるのに、その……告白……だよね? 俺にあんまりにも都合が良すぎる展開で、ついに幻覚でも見始めたかなって……」  まいったな、と呟いて、浩一は前髪を指先で撫でる。紘弥は何と言えばいいのかわからないまま、浩一の脇に膝をついた。 「……浩一さん、あの、俺、どうしても返事がほしいとかじゃないです。浩一さんの邪魔になるならすぐ帰りますし、それに……」 「帰らないでよ」  声と同時に手を握られて、紘弥は何も言えなくなってしまった。浩一の手が熱くて、その熱が移ったように顔が火照ってくるのがわかって、ついうつむいてしまう。 「……紘弥くん」 「はい……」 「俺、紘弥くんのことが大好きなの、伝わってる?」  紘弥はどう答えたものかわからなくて、おずおずと浩一を見た。 「俺ね、もうズブズブに君に惚れちゃってて、迷惑な客にならないようにするだけで精一杯でさ、君に死ねって言われたら死ねちゃうんじゃないかなって思うくらい、夢中なんだよ」 「浩一さ……」 「君が元気で、幸せでいてくれることばっかり考えてるんだ。仕事してても、君が暮らしやすい世の中ってどんなかなとか、そんなことばっかり考えてて、ほんとに馬鹿なんだよ」  紘弥は首を振る。色々な感情が胸の中で混ざって、とても言葉にならなかった。 「……だからまさか、君が俺に告白してくれるなんて思わなくて……こんなことあるんだね……」  やんわりと手の甲を撫でられて、紘弥は眉を下げる。浩一に触れられることは無条件に心地よくて、それだけで酔ってしまいそうだった。 「……俺も、浩一さんみたいな人に、好きだなんて思ってもらえるなんて、夢みたいだって思います……」  ようやくそう言うと、浩一は目を細めた。その目尻にわずかに皺が寄るのがとても好きで、紘弥はそれに見惚れてしまう。 「……これ、両想いって言っていいのかな?」  照れくさそうな声で言われて、紘弥はいっそう顔が熱くなるのを感じながら、目を泳がせた。 「こ、浩一さんがそう思うなら、そうだと思います……」 「……紘弥くん、真っ赤だよ」 「だ、だって……」  言い訳も思い付かなくて、浩一を見ると、浩一も目許を赤くして紘弥を見ていた。 「…………君を恋人にしても……いいのかな。お店とか……怒られない?」  紘弥は首を振った。浩一の唇から紡がれた恋人という言葉があまりに甘くて、目眩がしそうな思いがした。 「他のお客さんには内緒にしないとだめですけど、お店は大丈夫です。……ほんと言うと、今日も、お店の人に背中押してもらったんです」 「ええ?」 「俺に、自分の気持ちにはちゃんとしろって……。なんか、バレバレだったみたいで、正直恥ずかしいんですけど……でも、言われなかったら、俺、浩一さんに甘えるだけだったかもしれない……」  浩一は苦笑して、紘弥の手を握り込んだ。 「君に甘えてもらえるのはご褒美だっていつも言ってるじゃない」  その声も、紘弥を見る瞳も、手を握る力も何もかも優しくて、紘弥は泣きそうなほどに幸せを覚える。自分が手を伸ばさなかっただけで、浩一はずっと自分を想っていてくれたのかと思うと、胸が苦しくて目頭が熱かった。

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