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恋という名前 6

 何度も深いキスをして、このまま離れられなくなりそうだと思った頃に、不意に浩一が紘弥の肩を押して言った。 「……ごめん、完全にその気になっちゃったけど、ゴムとかないから……」  紘弥は息をつきながら、遠慮がちに口を開いた。 「あの……俺、持ってきてます……」  えっ、と浩一は声を出してから、自分の口を押さえた。その顔が赤いのは、口づけのせいではないだろうと思われた。 「……あと……、準備も、してきたんで……このままでも……」  できます、と言った声は、自分でも聞き取りづらいほど小さくなってしまった。  浩一は赤い顔で紘弥を見つめて、やがてくたくたと力が抜けたようにベッドに突っ伏してしまった。 「こ、浩一さん」 「……だめだよ紘弥くん……そんなに俺を甘やかしたら…………」  呆れられてはいないのか、と、紘弥は少しほっとする。自分から求めるつもりはなかったが、浩一に求められたときは応えられるようにと思ったのだ。 「だって……浩一さん、いつも、お金出してまで俺のこと抱いてくれるから……」 「そりゃ出すよ……会いたいし抱きたいし……君の売上になるなら嬉しいし……」 「…………今日はそういうつもりじゃなかった……ですか?」  紘弥が訊くと、浩一はおもむろに起き上がって、紘弥に向き直った。 「俺はいつだって君を抱きたいけど、でも、お店を通さずにそんなことしちゃだめだって思ってたから……」 「俺から会いに来たのにですか?」 「それは……だって、話があるってだけで……」  浩一はいたたまれないように目を泳がせてから、ワシワシと頭を掻いた。 「正直期待はしたけど、でもそれは俺の勝手な下心だから……。今日はもう俺の理性に全力でがんばってもらおうと思って……」  弱った様子の浩一に紘弥がくすくすと笑うと、浩一も照れくさそうに少し笑った。 「その……紘弥くんも俺としたかったんだって思ってもいい……?」  紘弥は眩しいような気持ちで目を細めて、浩一を見た。ちっとも自惚れてくれないことが歯がゆかったけれど、そういうところがとても好きだと思う。 「はい……俺、浩一さんとセックスするの、すごく好きです」  浩一は目を見開いて、明らかに面食らったようだった。はしたないと思われたくはなかったけれど、嘘をつくのはもっと嫌だった。 「こんな俺でもいいですか……?」  何を、と言う勇気がないことを情けないと思いながら訊くと、浩一は焦ったように紘弥の手を握ってきた。 「いいも何も、紘弥くんにダメなところなんてないよ」 「そ、それはいくらなんでも」 「俺にとっては全部嬉しいよ。紘弥くんが俺のこと好きじゃなくても、君になら何だってしてあげたいってずっと思ってたんだから……」  その言葉を疑うようなことはとても言えなくて、紘弥は黙り込む。少しの間どちらも何も言わずに沈黙が流れて、ふと浩一が気付いたように紘弥の手を放した。 「あっでも俺……ごめん、さすがにシャワーくらいは浴びてくるよ」 「えっ……そんなの全然」 「いやいや、今日朝から仕事してたんだからだいぶ汗くさいよ。ごめんね、すぐ済ますから」  浩一は紘弥の頭を撫でて、ベッドを下りた。紘弥は名残惜しさを感じつつ、引き留めようとした手を下ろす。  浩一が慌ただしくバスルームに入っていく音を聞きながら、紘弥は浩一が寝ていたであろうベッドに身体を投げ出した。  ──ほんとに平気だったのに。  浩一の匂いは嫌いではない。彼の汗に濡れて、彼に身も心も染められるような感覚が好きだったし、いっそ自分の身体に彼が染み付いてくれればいいと思った。  それでも、浩一が紘弥を不快にすまいと気を遣ってくれていることはよくわかっていた。はじめから浩一は紘弥に優しくて、客の立場でも紘弥に心を配ってくれた。そんな彼だから恋をしたのだとわかっている。  ──いつか、俺のこと好きにしてくれるかな。  紘弥を自分のものだと思って、したいように扱ってくれる日が来るだろうか。紘弥の知る浩一はあまりに優しすぎて、とても想像できなかったけれど、優しいからこそ遠慮をせずに扱われてみたかった。  壁越しにシャワーの音を聞きながら、ベッドに残った浩一の香りを嗅ぐと、下腹のあたりが脈打つように熱を持った。紘弥は身を横たえて、じっとその熱を噛み締めた。

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