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第12話
ピッ!と笛の短い音が聞こえそれに続く入水の音。
誠はいつものようにそのタイミングでストップウォッチのボタンを押した
第四コースでバタフライを泳ぐ姿を見つめる。篠宮は速い上にフォームも綺麗だし本当にかっこ良くて目が勝手に追ってしまう
「誠」
「ぅわ」
篠宮を見るのに集中し過ぎて後ろから誰かが近付いて来たのに気付けなかった誠。もう二度と自分の名を呼ぶことがないだろうと思っていた声と、後ろに強く引かれる右腕。
腕を引いたのはもの凄く機嫌が悪そうな顔をした櫟田で、誠が振り向いたのを確認すると歩き出す。誠はプールサイドを半ば引きずられる様に着いて行った。
「俊!痛い!離せって!!」
腕をブンブン振ったり声を上げたが、練習終了間際の屋内プールは篠宮と部長のレースに夢中で誰も誠の叫びに気付かない。それもそうだ。水泳の強豪校で部員は30人近くいるし、マネージャーだけでも10人近くいる。誠が一人、プールサイドから居なくなった所で誰も緊急事態だなんて思わない。
あっさり用具入れに放り込まれ、ビート板が並んでいる棚と櫟田の両腕に囲まれる。篠宮にされたそれとはシチュエーションから気持ちから全て違って恐怖しか感じない。
「篠宮のこと見すぎじゃない?浮気?」
「…っ、…」
一番怖いのは、先日とは全然違う櫟田の表情だった。
誠の事は好きじゃなかったと言ったのに、誠が篠宮を見つめていた事に嫉妬しているような、そんな顔。
綺麗に整えられた眉は寄り、ずぶ濡れの前髪から覗く黒い瞳は眼光鋭かった。
人間、恐怖を感じ過ぎると声が出なくなるのだと知った。
誠の頭は恐怖で埋め尽くされる。
「ど、どっ、どいて」
「何で?恋人と二人きりになってるだけだろ?」
「…は…?」
「ん?」
思考回路が停止する。目の前の櫟田は先程の不機嫌そうな様子とは打って変り、誠の大好きだった笑みを浮かべ首を傾げている。それがまた恐怖心を一層煽った。
「、俺ら、別れた、よね?」
「別れたつもりないけど」
「…何言ってんの…?」
「あ、まさか昨日の今日で篠宮とセックスしたとか言わないよな?誠は俺が好きだろ?」
「…何言ってるか分からない…」
噛み合わない会話と櫟田のおかしな様子に頭の中で遅すぎる警笛が鳴る
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