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第30話

その日の昼休み。やはりその子はやって来た。 「篠宮先輩っ!」 「どうした?」 「あ、謙太だ」 「…だね」 (来た…!!) 教室の入口で篠宮を呼ぶ1年生にクラスの半分程がそちらを見る。誠も意識はしないように、と思っていたがやはり気になって見てしまう。水泳部所属の旭 謙太だ。 水泳をしているのに塩素で傷んでいないふわふわと柔らかそうな茶髪と低い身長、可愛らしい顔の造りなのに声はそこまで高くないしブリブリもしてないためウザさは感じない。だが誠はここ一週間、旭にイライラしまくっていた。 (そんな毎日毎日、忘れ物しないだろ…) 可愛らしい笑顔で篠宮に話しかける旭と、それに笑顔で返事をしている篠宮。教科書を忘れた、とか電子辞書を借りに来た、とか要件はそれっぽいけど明らかに篠宮と話をしに来ているだけだ。それを見たくないのにチラチラ見てしまい、予習の為に使っていたシャーペンの芯をボキっと折ってしまう。その音と力の籠った手に田中が驚き誠を凝視する。 「…まこっちゃん?どうした?機嫌悪くない?」 「別に」 「そう?何かあるなら言えよ」 「…ありがとう」 友達の少ない誠を構ってくれる数少ない友人の田中に冷たく当たってしまい自己嫌悪に陥る。完全な八つ当たりだ。 「…やっぱり機嫌悪い…寝る」 「ん。時間になったら起こすよ」 「ありがとう田中くん…」 これ以上話していたらもっと田中を傷付けそうで机に伏せる。そんな誠を田中は気にせず起こすとまで言ってくれた。優しい田中に感謝しながら誠は昼休みが終わるまで寝る事にした。 「…て…きて…」 「…ん、……」 「…起きて…誠…」 微睡んだ世界で聞こえる優しい声と髪を梳かれる感覚。心地よくてその手に擦り寄る。 (…あれ?この声) 「…?ん?」 「おはよう才田」 「えっ?…田中くんは?」 「トイレ行くから起こせって頼まれた」 聞こえてきた声は田中の声じゃなくて篠宮の声。 バッと伏せていた顔を上げると篠宮が机の前に立って誠を見下ろしていた。その手には小さな小袋を持っている。サイズ的には女子がバレンタインにチョコを渡す時に使う感じ。言わずもがな旭から貰った物だろう。お礼とかそういうので貰ったのかな、と気になって仕方が無い。 それより旭は?と教室の入口の方を見るともう居なくなっている。 「謙太ならもう戻ったよ」 「そ、そうなんだ」 「あ、俺、今日は夜 謙太に勉強教えに行くから」 「…え?ぁ…分かった」 起こしてくれたのは篠宮で浮上していた気持ちがそれを聞いて一気に降下する。無理矢理な笑顔を作って返事をするが篠宮はそれに気が付かなかったらしく、『じゃまた部活で』と言いながら自分の席へ戻って行った。

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