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第37話

色々あった一学期も終わり夏休み。水泳部の練習は平日だけで土日は各々自由に過ごしていた。買い物に行ったり、帰省したり、旅行に行ったり。篠宮と誠は特に出掛けたりする訳ではなく、プールと寮の往復だけだ。 今日は金曜日、いつも通り午前練習を終えて午後は課題をしていた。私立と言っても偏差値がかなり高いので悠長に遊んでいる暇はない。ローテーブルに向かい合わせで座り山積みの課題を進める。カリカリとシャーペンの音とクーラーの音だけが響くリビングで篠宮がふと顔を上げた。 「あ、誠、言い忘れてたけど明後日から1週間実家帰りしないといけないんだ」 「え、1週間も?」 「…うん。長期休みは1週間だけ実家に帰るって約束で寮に入ってるんだ」 「そっかぁ、楽しんで。」 ありがとう、と微笑んで返す。篠宮は誠がどう反応するかヒヤヒヤしていた。長期休みの実家帰りなんて忘れるはずがない。寧ろ一年中その事で頭がいっぱいな位だ。考えるだけで頭痛がしてくる。 次期社長としての自覚、品格、知性、人間性に幼少期から叩き込まれた様々な場でのマナー。 長期休みには必ず呼び出されて家業の手伝いをさせられる。今更呼び出して抜き打ちテストする様な真似をしなくても良いと思うがそうはいかないらしい。 (──大人って、難しい) ずっと『今』が続けば良いのに、と思わない日は無い。 誠の穏やかな寝顔、驚いた顔、照れた顔、友達に対しての少し不満げな顔や怒った顔。これからもずっとずっと眺めていたい。でもそれは叶わない。 篠宮と誠は男同士だから。 篠宮自身、世間は気にしない。世界には約78億人もいるから78億通りの意見があるのは当たり前だ。到底分かり合える筈がない。親だってそうだと思っている。一応、いつか誠の事を紹介するつもりだが理解して貰えないのならそれまで。誰にも若気の至りなんて言わせない。絶縁する覚悟だってある。 だが誠の方はどうだろう。この狭い世界から出て、もし心無い言葉を掛けられたら?態度で接せられたら?大丈夫と言っても大丈夫じゃないかも知れないし、嫌な思いをして欲しくない。篠宮には誠との卒業してからの未来が見えない。

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