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1-王子様はピアニスト(2)
ことの発端は、半年前の小原悠のコンサート会場でのことだった。
当時俺は会場である国立音楽堂にスタッフとして勤めていて、コンサート当日も準備に忙しくしていた。
音響チェックが終わったことを確認して、俺は一旦事務所に戻った。
他のスタッフも忙しく立ち働いている。
そこに、一人のスタッフが慌てて駆け込んできた。
「すみません!ちょっとでも余裕のある人手伝ってください!」
「どうしたの?」
近くにいた俺が聞くと、半泣きの彼女は抱えていたフライヤーを見せた。
「手違いで、アンケート用紙だけ挟みこまれてなくて……あとは手作業でやるしかないんです」
「うわぁ」
手間を考えた俺は思わず苦笑いした。
「いいよ。手空いたから手伝う」
「ありがとうございますー!ロビーで作業してるんで、そっちにお願いします」
俺も含めて八人ほどがロビーに集まって作業を始めた。
皆で机を囲み、フライヤーの束にアンケート用紙を一枚挟んでは揃えて中央の段ボール箱に詰めていく。
ひたすら地味な作業に全員が没頭していた。
彼が現れたのはそんな時だった。
「皆で何やってんの?」
正装した小原悠が、突然皆の後ろからひょこりと顔を出した。
背が高いから、まさに頭一つ抜けて見える。
「フライヤーの挟み込み作業です。ちょっとミスっちゃって……って小原さん?!何でこんなところに」
「気分転換にふらふらと、さ。俺もやっていい?」
あわあわと慌てるスタッフ達を尻目に、小原悠は俺の隣に入るとアンケート用紙を一枚手に取った。
「これをここに挟めばいいの?」
「そうですけど……小原さんにやっていただくわけには!何かあったら一大事ですから……!」
担当の女の子は大慌てに慌てている。
小原悠はそれを聞いて朗らかに笑った。
「俺、そんな繊細じゃないよ。いいじゃん。やらせてよ」
思っていたよりも、小原悠は気さくな性格らしかった。
てきぱきとした手つきで用紙を挟んでいく。
隣で俺は小原悠の手に見入っていた。
(うわぁ……理想的なピアニストの手だなぁ……指長いし、しっかり筋肉ついてる……十度以上届いちゃいそう……)
小原悠がふと目をあげて俺を見た。
「君、手、止まってるよ?働け働け」
「は、はい!」
慌てて俺は作業を再開した。
一時間ほどして地道な作業は終了した。
「皆さんありがとうございました!小原さんもご協力ありがとうございました!」
「たまにはこういうのも楽しいね。今日はよろしく」
ひらひらと手を振って、小原悠はその場を立ち去った。
彼の姿が見えなくなってから、女性陣が集まって押し殺した悲鳴を上げた。
「かっこいい……!超かっこいいよぅ……」
「しかも性格までいいとか!最高!!」
身もだえしている彼女らを横目に、俺は段ボール箱を抱えた。
「机の並べ替えお願いできる?ついでにこの辺もそろそろセッティングしちゃおう」
「はい!」
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