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1-王子様はピアニスト(5)

それからしばらく、俺は山岡さんの下で働くことになった。 悠さんの送迎から始まって、スケジュール管理や物販の在庫管理・発注、営業、SNS管理、その他、人とのコネクションなど、山のような事柄を叩き込まれた。 しかしそれよりも、合間にちょくちょく悠さんのワガママを聞かねばならないのが煩わしい……いや、大変だった。 「クロス新しいの欲しい。買ってこい」 「なんで薔薇が赤なんだよ。服に合わねぇだろが。白がいい。スタートに間に合わねぇぞ。今すぐ行け!」 「今日の予定、インタビューと撮影だけじゃねぇか!俺をなんだと思ってんだ!弾かせろ!!」 俺が悠さんのワガママを鼻先でいなせるようになった頃、山岡さんが担当から外れ、俺は一人立ちするようになった。 事務所の他のメンバーについても、少しずつ把握してきた。 池田音楽事務所に所属しているアーティストは三名だ。 一人目。 二宮圭吾、ピアニスト。実績はさすがに悠さんに劣るものの、独特の繊細なタッチには根強いファンがついている。 メディアへの露出は少ないが、コンサートなどを公演している。 担当マネージャーは近江(おうみ)理沙。 二人そろって押しが弱い。マネージャーの押しが弱くてどうするんだという気もするが、何とかなっているのが不思議なところだ。 押しが弱い者同士気が合うようで、よく二人で傷の舐め合いをしている。 二人目。 桧山:(ひやま)吹雪:(ふぶき)、ヴァイオリニスト。 男だが、背中まであるまっすぐでしっとりさらさらの見事な黒髪がトレードマーク。長髪が似合う品のある顔立ちをしている。言動の端々に皮肉が見え隠れして、俺は勝手に親近感を抱いている。 コンサートなどもやるし、他のミュージシャンのサポートやスタジオミュージシャンの依頼も受けている。 担当マネージャーは山岡良太。 裏表のない性格で、歯に衣を着せることを知らない。 俺が入社するまでは彼が悠さんの担当で、二宮さんと桧山さんの両方を近江さんが担当していたらしい。 かなりぎりぎりの運用だったようで、近江さんと山岡さんには入社後いきなり感謝された。 最後、三人目。 小原悠、言わずと知れたピアニスト。実質この事務所の屋台骨だ。 人となりは冒頭で語った通り。人格に問題を抱えるも、世界を股にかけるアーティストだ。 国内外問わず様々なコンクールでも入賞している。 見目の良さから最近はメディアへの露出が多くなり、雑誌のインタビューやら、テレビ番組、CMへの出演やら、本業から離れた仕事も来るらしい。 が、当人は演奏を含まない仕事を嫌がるので、あの手この手で丸め込んで仕事をさせる必要がある。 まるで歯医者を嫌がる子供だ。 担当マネージャーはもちろん俺、越野颯人。 俺もいささか素直でないというか、腹黒いというか……計算高いことは自覚している。 悠さんとの相性については……まだ分からない。

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