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1-王子様はピアニスト(6)
今日もインタビューを二件こなし、悠さんのご機嫌はあまりよろしくない。
「今日はどっちに帰るんです?マンション?家?」
「あー、明日オフだったよな?家帰る」
気だるげに悠さんが返答する。
「分かりました」
俺は車のエンジンをかけると、ゆっくりと駐車場から夜の街へ滑り出した。
悠さんは事務所近くにマンション、郊外に一軒家を持っている。
特に便利な立地でもないし、何故ここに、と思っていたら、ピアニストの故白峰 洋行 の持ち家だったのだという。
悠さんは若くしてこの世を去った白峰洋行に師事しており、遺族が家を競売にかけた時、真っ先に手を上げたのだそうだ。
貯めていたコンクールの賞金を全部注ぎ込んだと笑っていた。
出先からしばらく走って、その家についた。
「お疲れさまです。着きましたよ」
後部座席から反応がないので振り返ると、悠さんは腕を組んだまま俯いて眠っていた。
はぁ、と俺はため息をついて運転席を降り、後ろのドアを開けた。
「悠さん、着きましたってば」
肩を掴んで軽く揺すると、悠さんは顔をあげ薄く目を開けて俺を見やった。
「ねみぃ」
ぼそりとそれだけ言ってまた瞼を下ろしてしまう。
(おいおいおい、ガキじゃないんだから起きてくれよ)
ため息をついて麗しの王子様フェイスを見下ろしていると、ふと悪戯を思いついた。
口端が、思わずくいと上がる。
最後通告としてもう一度悠さんの肩を叩く。
「悠さん、起きてください」
彼は煩そうにその手を払った。今度は目も開けない。
悪戯決行。
俺は悠さんの顎に指を添えると自分の方に向け、悠さんの唇に、自分の唇をゆっくり重ねた。
「んん……」
悠さんが僅かに身動ぎして食むように唇を動かした。次の瞬間。
はっと目を開けた彼が俺の胸を押して勢いよく退けた。
「てめっ、十三歳以上のキスはお断りだこの野郎!」
後頭部を天井にぶつけそうになった俺はとっさに車外へ数歩下がった。
「目、覚めました?あんまり大声で犯罪者発言しないでくださいね」
俺が笑い混じりに言うと、悠さんも車を降りた。
顔を真っ赤にした悠さんがぐいと手の甲で唇をぬぐう。ちょっと色っぽい。
「いい夢見てたのに、寝起き最低だっつの馬鹿颯人!……あーくそ、せっかく……」
口許を片手で覆い、耳まで赤くしてぶつぶつ文句をたれている。
「どうせろくでもない夢見てたんでしょう?……はい。バッグ忘れないでください」
座席の奥からバッグを引っ張り出して悠さんに手渡す。
「お、おう」
完全に調子を狂わせた様子の彼に、俺は内心ほくそえんだ。
今日は俺の勝ちだな。
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