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1-YAMATO's Bar

「おーい大和(やまと)、開けろ」 俺はドアをノックしながら声を上げた。 誰だお前はって? 見りゃ分かんだろ、小原悠だよ。 今日は久しぶりにマンションに帰って来たから、隣の大和の顔を見てやろうと思ったところだ。 ちゃんと手土産もあるぜ? コンビニで買ってきたビールと缶詰だけどな。 「開けろやコラ、テメエ年齢ばらすぞ」 「ちょっと!年齢はどうでもいいけど恥ずかしいから人んちの前で大声出すの止めてくれる?!」 やーっとドアが開いて迷惑顔の住人が顔を出した。 ついでに俺が大声出しすぎて隣の無関係な人まで出てきちまったので、すみませんとにこやかに軽く会釈して部屋に入る。 入……、る、入れねえ! 「開けろよ」 「やだ」 大和の野郎、ドア開けたのはいいがチェーンロック掛けやがって部屋の中に入れてくれない。 「大和の好物買ってきたから入れてくれよ」 「えっ、ほんと?ウリエルのシフォンケーキ?」 大和が黒目がちの目を分かりやすく輝かせる。 「とりあえずロック外せや」 「はーい!」 いったんドアが閉まりカチャリとロックを解除する音がして、再びドアが開いた。 「いらっしゃいませー」 開いたドアの向こうに立っているのは小学生……ではなく正真正銘二十歳の男だ。 小学生にしか見えないけどな。 「おーおー、相変わらず可愛い合法ショタだなー。おにーさん嬉しいよ」 俺は低い位置にある大和の頭を撫でて室内に入った。 置いてあったスリッパを勝手につっかけて、ダイニングへ。 「ねー、シフォンケーキは?」 後ろから服の裾を引っ張って、大和が催促してくる。 「ほらよ。好きなの食いな」 ずしりと重いコンビニの袋を大和に手渡して、スツールに腰かけた。 カウンターに頬杖をついて部屋の中を見回す。 まだ引っ越してきて間もないからか、家具も少なくやや殺風景だ。 窓際に観葉植物とか欲しいな。あとオーディオセットにもっと金をかけてもいい。 カーテンはもうちょっとシックな方が好みだな。 あ、そうそうCDラックを置く場所も確保しなきゃな。 勝手に室内を見渡していると、眉間にしわを寄せた大和が俺のすねを蹴った。 「ちょっと、これ何」 大和がぶっきらぼうに袋を突きだす。 「大和の好物」 「サバの味噌煮と蟹みその缶詰でしょ!ウリエルのシフォンケーキは!」 「無え」 「はぁあ?!」 「あー、ほら、今日仏滅だろ?仏滅っつったらサバの味噌煮と蟹みそだろうが。好きだろ?」 「プログレロックは好きだけど、わざわざ買ってくる意味が全っ然わかんない」 ふくれっ面でカウンターの向こう側に立ったのは三ツ橋(みつはし)大和、どう見ても柔らかほっぺのちっこい小学生だが、さっきも言った通り成人してる。 職業は美容師だ。普段はヘアサロンで働いてるが、そのサロンが池田音楽事務所と契約していて、イベント時のヘアメイクを担当している。 俺の通常のヘアメンテもやってもらってる。 「で、何しに来たわけ」 大和は、ごん、と音を立ててビニール袋をカウンターに置き、腰に手を当てて俺を睨んでくる。 「ん?最近大和と話してねーなと思ってさ。ご近所づきあいしようぜ」 「違うでしょ。せーよくが抑えきれなくなって誤魔化そうとしてるんでしょ。この変態」 はい、ショタから変態いただきましたー!ありがとうございます! 大和の今日の服装は、外出でもしてたのか、チェックのショートパンツに白のブラウス。襟元には紺の細いリボンが結んである。 うん。悪くねえ。ショートパンツの裾から覗く太ももが眩しい。 「小学生が性欲とか言う世の中になっちまったのか。おにーさん日本の未来が心配だぜ」 「日本の未来の前に、自分の未来心配しなよ。社会的地位失うよ?」 「失いたくねえから、合法的に満足しようとしてんじゃねえか」 ナイロン袋から缶ビールを一本取り出し、プルタブを引く。一口呷る。 「大和、缶切りねぇのか」 「はい」 キッチンへ行って引き出しを開けた大和は、缶切りをカウンターに叩きつけるように置いた。 サバから行くか。 きゅこきゅこと音を立てて缶詰を開く。 「やーまーとー。皿と箸」 「もうさぁ、自分ちで食べなよ」 ねだれば何だかんだ言っても出してくれるのが大和のいいところだ。 大和はため息をつき箸を二膳持って隣のスツールに座った。 「大和が座るのはそこじゃねぇだろ?」 そう言って俺が自分の太ももを軽く叩いてみせると、大和は盛大なため息をついた。 「届かない」 口をとがらせて大和が両手を伸ばしてくる。 俺は大和を抱き上げて自分の膝に乗せた。滑り落ちないように左手で軽く抱く。 うんうん、この骨っぽさとしなやかさの絶妙なバランスが何とも言えねぇ。 俺が抱き心地を堪能しているとも知らずに、ぶーぶー言いながらも、大和は皿に手を伸ばす。 「食わせてやるよ」 サバの味噌煮を一切れ取って、大和の小さな口に運んでやる。 「んむ。まあ、久しぶりに食べると悪くないね。……甘いのないの?」 「ほらよ、ジンジャーハイ」 「ちょっと違う―!!悠ってそういうとこ意外とおっさんだよね」 「馬鹿言うな、コンビニでカクテルなんて買わねえよ。あんなベタベタしたもん」 大和は盛大にため息をついて、ぷしゅこと音を立てて缶を開けた。 「あ、そーそー、山岡さん、悠のマネージャー辞めて吹雪様担当になったんだって?昨日聞いたよ」 そういえば昨日は吹雪のコンサートだっけか。 大和は桧山吹雪のファンだ。……正確に言うと、吹雪の黒髪のファンだ。 「吹雪様、昨日も美しかったよぉ。編み込み入れてポニテアレンジで結ったんだけどさぁ、吹雪様色白だから黒髪が映えるんだよねー……動くたびに揺れる髪が色っぽいんだよぉ」 「へいへい。どーせ俺は色抜きすぎて痛んでますよ」 「何言ってんの!僕がメンテしてんだからそんなに痛んでるわけないでしょ!そのミルクティー色いいよねぇ。王子様なイメージで悠に似合ってる」 ちゃんとホームケアしてる?と大和。 俺は面白くねえが、見てくれも売りの一つだから、もちろんケアは毎日欠かさずしてる。 「それで、悠に新人さんがついたんだって?」 「まあな。新人っつっても俺よりずっと年上だぞ?……それが面白いやつでさぁ、国立音楽堂あんじゃん」 「あー、何回か行ったことある」 「あそこでリサイタルやったんだけど、その時、良太がマネ辞めるってごねてて、新しい人探してるんですよーって、支配人と廊下で立ち話してたわけ。そしたらものの一時間もしないうちに退職願出して俺に履歴書寄越したんだぜ」 「へー!国立音楽堂のスタッフさんなんだ。何、悠のファン?」 缶を傾けながら大和が横目で俺を見る。うん、流し目も悪くねえぞ。もっとやれ。 「ファンみたいだけどな、すっげー気が強いの。俺がワガママ言っても馬耳東風って感じでさぁ。でもたまに言うこと聞いてくれるけど。たまにな」 さすがにこの間のおめざのキスのことは言わない。 「今度はうまくやっていけそう?」 「んー、まあしばらくは持つんじゃねぇの」 今までに四人のマネージャーを潰してきた。 ん?良太は潰してねえよ。あいつの我慢が限界に達しただけだ。 もちろんマネージャーが次々辞めるのは、俺がわざと仕向けてる訳じゃねぇよ? わざとじゃねえが……俺のせいだな。それは認める。 でも、俺は常にベストコンディションで演奏したいし、それには多少ワガママも言わせてもらわないと成り立たねえ。 別に嫌がらせでワガママを言ってるわけじゃない。それは事務所のメンバーも分かってくれてるはず。 そういう意味では颯人も分かってくれてるようで、必要最低限の要求には確実に応えてくれている。 しかしだな、なんで二度寝を要求したくらいで平手打ち食らわなきゃなんねえんだ? 残念ながら口では颯人に勝てない。 見てろ、今に仕返ししてやるからな。 「やだー、悠悪い笑い方してるー。性悪ー」 「性悪はてめえだろ、このぶりっ子美容師!」

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