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2-越野颯人の長い一日(1)

現在、午前一時の二十分前。 俺は悠さんのマンションに向かっている。 仕事終わりで送りにきたわけじゃない。 恐ろしいことに、これから仕事だ。 マンション前に車を止めると、エレベーターに向かった。 三階で下りると、一番奥の部屋に行く。 インターホンは押さずに、あらかじめ預かっておいた合鍵をポケットから取り出した。 そっと開いた室内は真っ暗だった。さすがに悠さんはまだ起きれなかったらしい。 まあ無理もないだろう。俺だって家中のありとあらゆるアラームを総動員してやっと起きた。 昨日はかなり早めに床についたのだが、だからといってすぐに眠れるはずもなく、幾度も寝返りを打ってようやくうとうとし始めたところで、自分の仕掛けたアラームにたたき起こされた。 目覚めた瞬間は何が起きたのかわからずに、ポカンと半口開けて間抜け面で携帯を探した。 バックライトが眩しい液晶画面に映し出された時刻を見て、ようやく仕事のことを思い出した。 途中コンビニで目覚ましにコーヒーを買い、たった今悠さんの家に着いたわけだ。 「お邪魔します……悠さん?」 壁の厚さも分からないマンションで深夜に大きな声を出すのは(はばか)られて、そっと声を掛けてみた。 もちろん返事はない。 寝つきだけは異常に良い悠さんのことだ、きっとぐっすり眠っているんだろう。羨ましい。 持参したペンライトで寝室の壁を探り、照明のスイッチを見つけて押した。 部屋の中が真っ白な光で満ちて、闇に慣れた目がくらむ。 瞼を何度かしばたたいて、部屋の中を見回した。 六畳くらいのその部屋にはシングルベッドとサイドボードがあり、ベッドの上では悠さんが毛布を抱えて眠っていた。 ちなみに、枕元にアラームの類は、ない。携帯すら、ない。 もともと自分で起きる気はなかったのか、この男は。 確かに、俺が部屋まで迎えに行くとは言ったが、普通はそれに合わせて身支度のため早めに起きるだろう。 ……ああ、分かってる。俺が間違ってる。 悠さんに『普通』を期待しちゃいけないことなんて、転職初日から分かり切ってたことじゃないか。 それよりも、どうやって悠さんを起こすか考えなければ。

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