8 / 138
2-越野颯人の長い一日(1)
現在、午前一時の二十分前。
俺は悠さんのマンションに向かっている。
仕事終わりで送りにきたわけじゃない。
恐ろしいことに、これから仕事だ。
マンション前に車を止めると、エレベーターに向かった。
三階で下りると、一番奥の部屋に行く。
インターホンは押さずに、あらかじめ預かっておいた合鍵をポケットから取り出した。
そっと開いた室内は真っ暗だった。さすがに悠さんはまだ起きれなかったらしい。
まあ無理もないだろう。俺だって家中のありとあらゆるアラームを総動員してやっと起きた。
昨日はかなり早めに床についたのだが、だからといってすぐに眠れるはずもなく、幾度も寝返りを打ってようやくうとうとし始めたところで、自分の仕掛けたアラームにたたき起こされた。
目覚めた瞬間は何が起きたのかわからずに、ポカンと半口開けて間抜け面で携帯を探した。
バックライトが眩しい液晶画面に映し出された時刻を見て、ようやく仕事のことを思い出した。
途中コンビニで目覚ましにコーヒーを買い、たった今悠さんの家に着いたわけだ。
「お邪魔します……悠さん?」
壁の厚さも分からないマンションで深夜に大きな声を出すのは憚 られて、そっと声を掛けてみた。
もちろん返事はない。
寝つきだけは異常に良い悠さんのことだ、きっとぐっすり眠っているんだろう。羨ましい。
持参したペンライトで寝室の壁を探り、照明のスイッチを見つけて押した。
部屋の中が真っ白な光で満ちて、闇に慣れた目がくらむ。
瞼を何度かしばたたいて、部屋の中を見回した。
六畳くらいのその部屋にはシングルベッドとサイドボードがあり、ベッドの上では悠さんが毛布を抱えて眠っていた。
ちなみに、枕元にアラームの類は、ない。携帯すら、ない。
もともと自分で起きる気はなかったのか、この男は。
確かに、俺が部屋まで迎えに行くとは言ったが、普通はそれに合わせて身支度のため早めに起きるだろう。
……ああ、分かってる。俺が間違ってる。
悠さんに『普通』を期待しちゃいけないことなんて、転職初日から分かり切ってたことじゃないか。
それよりも、どうやって悠さんを起こすか考えなければ。
ともだちにシェアしよう!