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2-越野颯人の長い一日(2)
悠さんを起こす方法を考える。
STEP1.声を掛ける。
「悠さん、起きてください。出掛ける時間ですよ」
部屋が明るくなったことにも動じない悠さんが、これくらいのことで目を覚ますわけがない。
知ってた。
STEP2.肩を揺する。
こちらを向いて横向きに寝ている悠さんの肩を掴んで揺する。
軽く揺すった程度では何の反応もなかったので、容赦なくがくがくと揺さぶる。
「ん、うん……止めろよ……」
悠さんに腕を掴まれて止められた。掴む力の強さから、目を覚ましたのかと思いきや、また寝息を立て始めた。
STEP3.耳元で声を掛ける。
耳元で、通常会話程度の音量で声がすれば、さすがにたいていの人間は飛び上がって目を覚ますだろう。
内心は(いつまでも寝てんじゃねぇ馬鹿野郎)ぐらい言いたいが、俺も大人なので我慢する。
ハイトーンなミルクティーブラウンの髪を除けて、耳元で声を出した。
「悠さん、いい加減起きてください」
「ぁあ?……るせぇ……ばかやろ……」
その瞬間、何が起こったのか分からなかった。
多分、悠さんがラリアットのように俺の首に腕を回して、そのまま俺を巻き込んで反対側に寝返りをうったんだろう。
多分だが。
ピアニストの膂力をなめていた。
気が付いたらまず悠さんの秀麗な王子様フェイスが目の前にあって、続いてベッドに横になって抱き枕のように悠さんに抱きしめられている自分を発見した。
一瞬パニックに陥った俺は、反射的に悠さんのみぞおちに肘を打ち込んでしまった。
「んぐっ」
うめき声をあげて、悠さんが俺から手を離して長身を丸める。
悪くない。俺は悪くない。
しかし。ごめんなさい。
恨むなら、こんな時間を指定してきた広告代理店を恨んでください。
悠さんの意識がはっきりする前に、悠さんを跨いで素知らぬ顔でベッド脇に戻り、俺は悠さんを介抱するふりをした。
「どうしたんですか、悠さん」
「今、なんか、ずんって。ぅう、っつ、痛ぇ……」
悠さんは腹を抱えてうずくまったまま唸っている。
「大丈夫ですか?腹痛ですか?」
あぁ、我ながら白々しい。
「腹っつーか、みぞおち?……あー……痛え」
密着していたから、フルパワーよりはましなはずだが、悠さんはかなり痛そうだった。ほんとすみません。
やっと目を開いた悠さんが、みぞおちを押えてベッドの上に起き上がった。
「……んだよ……もう時間か……?」
「はい。支度をお願いします」
「はあ……頭がボーッとする。風呂入って目ぇ覚ましてくるわ。なんも無ぇけどリビング行ってろ……」
ややふらつきながら悠さんは立ち上がり、浴室へ向かっていった。
シャワーを浴びるくらいの時間は見込んでいる。大丈夫だろう。
俺も、寝室で立ち尽くしているのも阿呆らしいので、言われた通りリビングへ向かった。
リビングもあまり広くない。家具も、ウィークリーマンションかと思うほど少なく、そっけない。
本当に、泊まる用途だけで借りている部屋らしい。
ソファに腰を下ろして、悠さんが風呂から出てくるのを待つ。
浴室から給湯器の電子音声が聞こえる。
『お湯張りをします』
ん?
お湯張りって、あの男、シャワーじゃなくてがっつり湯に浸かるつもりか?!
普通目覚ましならシャワーで済ますだろ……。
本当に『普通』じゃないな。
呆れた俺はハイバックのソファにもたれかかった。
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