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2-越野颯人の長い一日(7)

練習とカメラテストが終わって、ヘアメイクさんが悠さんの髪をもう一度整える。 「日の出が五時なので、四時半から本番を開始します。三十分間の勝負ですので、時間いっぱいカメラ回してパターンを撮れるだけ撮ります」 広告代理店の担当が説明して、悠さんがピアノの前に戻る。 四時二十五分だ。 現場に緊張感が漂う。 悠さんだけがいつも通り、リラックスしているように見えた。 四時半。東の空が白み始めた。 「お願いします!」 スタートの声がかかって、悠さんが指定曲を弾き始める。 カメラは地上と上空から回されている。 「あー、最後の俯瞰、もうちょっと引いてください!」 「地上のカメラ、始めは煽りぎみにできますか?」 「空が鮮やかになってきたんで、空多めでもう一度!」 あっという間に時間が経ち、太陽が顔を出しそうになる。 「小原さん、練習の時の笑顔素敵でしたよね」 デルタ社の担当がぼそりと言った。 「小原さん、最初みたいに楽しそうな笑顔でお願いします!」 ちらりとこちらを見た悠さんが、溌剌とした笑顔で踊るように音色を奏でて、撮影は終了した。 十回くらいは弾いただろうか。 広告代理店とデルタ社の担当が、今撮った映像をモニターで確認している。 「うん、良いですね。これを編集しますので、後日この中から選んでいただくということで、よろしいですか?」 「もちろんです」 よし。さすが悠さんだ。性格はだが、演奏は完璧だ。 「では、我々はここで失礼させていただきます」 「池田さん、ありがとうございました。また機会があったらよろしくお願いします」 「こちらこそ」 担当二人と握手をして、私服に着替えた悠さんと共に撤収した。 駐車場まで戻り車に乗り込むと、猫をかぶっていた反動か、早々と毒舌王子が復活した。 当然後部座席で寝る準備が万端に整っている。 「オラ颯人、さっさと帰んぞ。行きは二時間半かかったろ?今六時半だが、そろそろ道も混んでくるだろうし……十時までに事務所着かなかったらクビにすんぞ。飛ばせ飛ばせ」 エンジンをかけながら、悠さんに聞いてみた。 「その十時だか十時半だかには、何があるんですか?」 ゆっくりと駐車場を出る。 「帰りゃ分かる」 うるさそうに悠さんは片手をひらと振って腕を組んだ。

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