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2-越野颯人の長い一日(9)

結局、二軒ともおにぎりはなく、四軒目のコンビニに行く羽目になった。 三十分のロス。 四軒目のコンビニに駐車しながら、これでこの店にもなかったら、もう何と言われようが高速に向かおうと心に決めた。 駆け込んだ店内では……ちょうど店員さんがおにぎりの補充をしていた。 あった!シャチホコおにぎり! 嗚呼、なんて馬鹿らしい。 なんでこんなおにぎりごときのためにここまで必死に駆けずり回らなけばならないのか。 朝焼けの中ピアノを奏でる悠さんは、あんなに格好よかったのに。 天は二物を与えずというが、神は悠さんに優れたピアノの腕と整った容姿の二つを与える代わりに性格を極限まで歪めてくれたらしい。 はた迷惑な話だ。 次に悠さんがごねた時のために、悠さんがいつも飲んでる炭酸水、ガム、チョコ等々をかごに放り込んで会計を済ませる。 出入り口のすぐそばに止めた車に乗り込むと、おにぎりを悠さんに渡した。 「はい、おにぎりです。高速乗りますよ」 「お!えらいぞ颯人!よくやった」 何を気に入ったのか、また髪をぐしゃぐしゃにされた。 これでまだ朝の七時だというのが、疲労感を増してくる。 「よーし!さっさと帰るぞ」 上機嫌の悠さんが俺の髪を弄りながら座席の隙間から身を乗り出す。 「悠さん、ちゃんとシートベルトしてくださいね」 ようやくICに向かい、高速に乗った。 ぎりぎりまでスピードを上げ、事務所を目指す。 悠さんのワガママや事故渋滞みたいな不測の事態がなければ、九時半から十時の間には事務所に帰れる目算だ。 ああ、間違った。悠さんのワガママは不測の事態じゃない。 事務所に帰りつくまでに絶対まだ何か言い出すだろう。 大人しく眠ってくれないだろうか。そうすれば平和に――。 「おい颯人、喉が渇いた。何か飲ませろ」 ほら来た。しかしこれは予想の範疇だ。 「はい。これでいいですか?」 おにぎりと一緒に買っておいた炭酸水を手渡す。 「うお、さすが。敏腕マネージャーの面目躍如だな」 俺の面目はどうでもいいから、早く寝てくれませんか。 「悠さん、そろそろ寝ておいた方がいいんじゃないですか?午後も仕事入ってますし」 炭酸水を美味しそうに飲んだ悠さんは、機嫌のいい笑顔で言う。 「ん、さっきちょっと寝たらすっきりした。午後の仕事ってあれだろ?ラジオ出演。どうせ事務所からWEBで通話しておしまいなんだから、大して気を張ることもねぇよ」 「いえいえ、小原悠はトークもいけるってところを見せていただいて、今後の仕事の幅を広げてくださいよ」 「やだね。俺はピアニストなの。ピアノ弾いて食っていきたいの」 ……うぅん!ごもっともなセリフで反論できない。 ああは言ったものの、俺だってせっかくの小原悠に、バラエティだのなんだのと、音楽に関係のない仕事をさせたくはない。 悠さんは、ピアノを弾いている時が一番格好いい。

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