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2-越野颯人の長い一日(12)
しばらく席について、今日の報告書作成とSNS更新をこなす。
ああ、そうか、今度のコンサートのポスターもそろそろ発注しなきゃなんないのか。
馴染みのデザイン会社にメールを打つ。
「大丈夫かー颯人ー。今日朝早かったんだろ?無理せず帰れよ」
隣の席の山岡さんが気を遣って声を掛けてくれた。
「ありがとうございます。十三時から悠さんのラジオ出演があるので、それが終わったら帰ります」
「いや、もう、ほんと早く帰れよ。目が死んでるぞ」
「目は覚めてますから。大丈夫です。死んでるのは悠さんのせいです」
「はは。ほれ、チョコやるよ。あとちょっと頑張れ」
「私もクッキーあげます!」
山岡さんからチョコ、近江さんからラングドシャをもらった。
「ありがとうございます」
糖分は素直に嬉しい。
ちなみに、机の並びは廊下を背にして一番出入口側に近江さん、次に山岡さん、一番奥に俺が陣取っている。
それぞれ向かいに担当アーティストの席もあるが、そちらはほとんど使われない。
コンサート等のイベント後に、ファンからのプレゼントBOXが置かれるくらいか。
二宮さんは一階に、悠さんは三階にあるスタジオに私物はほぼ置いている。
桧山さんは楽器を毎日持ち歩いているので、食事や休憩の時のみ楽器が置いてある。
私物は持ち込まない主義らしい。スタジオに冷蔵庫を持ち込んだ悠さんは桧山さんを見習ってほしい。
prrrrrr……。
どこかで電話が鳴っている。
「はい、池田音楽事務所です。はい、お世話になっております。……ええ、居ります。少々お待ちください」
悠さんがまともに電話に出ている。珍しい。
「おい颯人、電話だ」
「それ、私の携帯じゃないですか」
さっき取り上げられたまま、返してもらうのを忘れていた。
「お待たせいたしました。お電話替わりました、越野です」
今日のラジオ出演についての確認の電話だった。
向こうも、まさか小原悠本人が電話に出たとは思うまい。
「悠さん、十二時半から準備始めるらしいので、それまでに昼食摂っておいてください」
通話を切って、応接スペースで寛いでいる悠さんに声を掛ける。
「十二時半?じゃあ今からラーメン食いに行こうぜ颯人」
「え、私はちょっとまだ仕事が」
「仕事は明日でもできる!行くぞ行くぞ」
「いってらっしゃーい」
近江さんの暢気な声に見送られ、悠さんに腕を取られて、半ば強制的に近くの中華料理屋へ連れていかれた。
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