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3-性的魅力とその弊害についての考察(1)
人の縁というのは不思議なもので、良縁奇縁、思いもよらない出会いを連れてくることがある。
出勤後朝一にメールチェックをしていて、願ってもないものが転がり込んできた。
思わず悠さんに声を掛けてしまった。
「悠さん、お仕事ですよ」
朝六時に出勤した悠さんは、例によって応接スペースで寝転がって休憩中だ。
来客より、悠さんの方がよほどこのスペースを利用している。
客人には到底見せられない行儀の悪さだが。
念のために言っておくと、朝六時に出勤したのは、別に早朝からの仕事が入っていたわけではなく、悠さんが勝手に早く来ただけだ。
マンションにはピアノがないので、弾きたくなると時間を問わず悠さんは勝手に出勤してくる。
それにしても、朝六時からピアノを弾くためにわざわざ出社するというのはちょっと馬鹿……いや、ピアニストとして素晴らしいと思う。
「あー?またくだらねえトーク番組だったらお断りだぞ」
先日、トーク番組に出演させられたのを、悠さんはまだ根に持っているらしい。
確かに、トークのみで演奏もなしの出演だったので、普段だったらさすがに打診された段階で俺も断っている。
しかし、所長経由で依頼がきてしまったため、悠さんや俺に断るすべはなかった。
悠さんは所長に文句を言っていたが、つべこべ言うなと所長に一喝され、仕方なしに仕事をこなした。
今回の仕事は、そのトーク番組のディレクターの紹介でこちらに回ってきたらしい。
「『MUSIC LIFE』ですよ。トーク無しで演奏のみです」
「あー。あれかぁ」
『MUSIC LIFE』はその名の通り音楽番組で、司会がゲストのアーティストの紹介をし、その後スタジオで生演奏を聴かせるという番組だ。
演奏に重きを置いたシンプルな構成ながら、かなりのご長寿番組なはずだ。
「今回はスペシャルらしくて、特別に観覧希望を募って人を入れるらしいです」
「それはちょっとやる気出るな。ミニコンサートみたいな感じってことだろ?」
「そうですね。曲目の候補出してほしいみたいなので、悠さん考えてください」
「あの番組って、クラシック以外も弾いていいんだよな?何曲希望だしていいんだ?」
メールの文面をもう一度読み返す。
「二曲弾かせてくれるそうなので、五、六曲もあれば十分じゃないですか」
「二曲も弾けんのか!そりゃ気張んないとな」
「来週頭に私が打ち合わせに行ってくるので、その時までにリスト作っておいてください」
「おう!何弾こうかなー」
悠さんは勢いよくソファから立ち上がると、鼻唄混じりに事務室を出て行った。
おそらく楽譜がしまってある書庫に行ったんだろう。
悠さんの機嫌がいいと、なんだか俺も調子が上がる。
今回も悠さんはいい仕事をしてくれるだろう。
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