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4-ゆらぐな危険!(1)

今更だが、池田音楽事務所のあるビルは四階建てだ。 ざっくり説明する。 一階と三階は防音設備の整ったスタジオになっていて、それぞれグランドピアノが置いてある。 一階を二宮さん、三階を悠さんが主に使用している。桧山さんはその日の空き具合でどちらかを使っている。 しかし、三階は悠さんの私物が多く置いてあるので、桧山さんは二宮さんが使っていなければ一階を使うことが多い。 二階は事務所、書庫兼倉庫と給湯室がある。一番人口密度の高い場所だ。 四階は……開かずの間だ。 入社当時に山岡さんが案内してくれたのだが、四階については、にやっとするだけで詳しいことは何も教えてくれなかった。 屋上にも出られる。他の建物に遮られて見晴らしは最悪だ。 トイレは各階にある。 最近俺は事務作業をする時は三階に籠るようになった。 他のマネージャーへの電話で集中力が途切れることもないし、何より小原悠による生演奏をBGMにできる。最高。 そんなわけで、今も三階に持ち込んだノートPCに向かって事務作業中だ。 BGMはリストの『ラ・カンパネラ』。 ちなみに、このBGM、当然選曲はできない。 よって、『ラ・カンパネラ』から『アルプス一万尺~シェフの気まぐれアレンジ』にいつの間にか変わろうとも、文句は言えない。 ここはあくまで悠さんの城なのだ。 先日のリサイタルで売れたグッズの発注を一通り終えて俺がノートPCから顔をあげると、目の前に悠さんが胡座をかいていて、炭酸水のペットボトル片手にこっちをじっと見ていた。 内心驚いたが、表には出さずに悠さんを見返した。 悠さんはペットボトルを呷る。 あ、ちなみに、このスタジオは冷蔵庫完備だ。悠さんが持ち込んだらしい。中身はアイスと各種ドリンク。 空になったペットボトルを床に置くと、悠さんは自分の膝に頬杖をついた。 「何か用ですか?」 「いや、別に。……颯人お前、知ってる?笑うとえくぼができるの」 悠さんはそう言って両手の人差し指で俺の唇の横に、ふに、と軽く触れた。 「……大人になったら消えるかと思ってたんですけど、三十過ぎても消えませんでした」 「消さなくていい」 悠さんはぼそっとそう呟いた。 「え?」 発言の意図が読めなくて聞き返すと、悠さんはそっぽを向いてしまった。 「無理して痩せたりして、せっかくのえくぼ消すなよっての」 「特に、ダイエットの予定はないですけど」 途端に振り返った悠さんは怒ったような笑ったようなよく分からない顔をしていた。 「だー!なんでここで急にお前はアホになるんだよ!とにかく!えくぼはキープしとけ!これは業務命令だ!!」 ワガママ王子は今日も通常運転だ。

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