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4-ゆらぐな危険!(2)
「なあ颯人。一曲聴いてくんない?」
悠さんがピアノの前に戻ったかと思うと、そんなことを言いだした。
「いいですけど……、私素人ですからね。ご立派なレビューとか期待しないでくださいね」
「いい、いい。とりあえず聴いてくれればいいから」
何かを払うように片手を振った悠さんは、鍵盤に指を置いて始めはゆっくりと弾き始めた。
力強い旋律が雨雲のように音色を降らせる。大粒の雨のようなそれは、やがて雷雨に変わった。
眩しい稲光が幾度か走った後、次第に雨足が弱まる。雲の合間から陽の光が差し込んできて、水たまりに反射している。
最後にそよ風が木の葉から水滴を散らして去っていった。
奏で終わった悠さんは、名残を惜しむように余韻を残して……、鍵盤から手を離した。
「一言で言ったら、好き?嫌い?」
一息ついた悠さんはシンプルな質問をしてきた。
「好きです」
俺がそう答えると、悠さんは嬉しそうに拳を握った。
「聴いたことない曲ですけど……もしかして?」
「うん。俺作曲」
照れくさそうに笑う悠さん。
また俺の横に戻ってきて床に座った。
「俺な、今やりたいことっていうか、目標が二つあるんだよ」
悠さんは右手の人差し指と中指を立てた。
「なんですか?」
「一つは、全曲俺作曲のアルバムを出す」
中指を倒す。
「え!いいですね。それはファンとしても是非聴いてみたいです」
「だろ?絶対ぶちかましてやる」
悠さんが得意げに、かつわくわくしている子供のような顔で笑う。
「で、もう一つは?」
悠さんがふっと表情を緩めたかと思うと、残った人差し指で俺の胸を指差した。
「颯人を俺のものにする」
……は?え?
なんだ今の。
ありえないセリフが聞こえたような……。
ええと。
目の前にいるのは悠さんで。
その悠さんが指しているのは俺なわけで。
うん。そこまではいい。
誰を俺のものにするって?
「だから、颯人、お前だよ」
俺は誰のものにもならねえ!
「絶対に俺のものにする」
「なってたまるか!!」
思わずそう口走った次の瞬間、俺は悠さんに抱きしめられていた。
悠さんの胸が震えているのは、笑っているのか。
「ほんとにさ、颯人最高。頼むから、ずっとそのまま強気でいてくれよ」
すっと悠さんが離れたかと思うと、片手で俺の顎を捕らえた。
俺の瞳を見つめる悠さんは、いつもの端麗な王子様フェイスではなく、もっと男くさい雰囲気を漂わせていた。
催眠術にでもかかったように、悠さんの瞳から目を離せない。
「なあ、今キスしたら怒る?」
「当たり前です」
「じゃあ、しよ」
「~~~っ!」
悠さんがすっと目を伏せたかと思うと、少し身を屈めて俺の唇を奪っていった。
何しやがる、この男。
確かに俺は悠さんに好意を抱いている。
でもそれはピアニストの小原悠への尊敬の念が根底にあってのもので、恋愛感情には程遠い、と思う。
ましてや毒舌ワガママ王子においては何をか言わんや、だ。
……と思うんだけど。
何せ俺も素直な性格をしてないから、本当のところが自分でも分からない……。
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