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4-ゆらぐな危険!(6)
リハーサルをスタジオのガラス越しに見ながら、トロイメライのマネージャー、清水さんと立ち話をした。
「いやー、二宮さん大丈夫ですか?インフルエンザ」
「本当にすみません。熱だしてベッドから出られないらしいです。こんな時季外れにどこで拾ってきたんだって、うちで話してます」
「早く治るといいですねー。……でもちょっと失礼な話、ピアニストが小原さんに交代って聞いて相模ががぜん発奮してまして。小原さんのファンなんですよ、彼女」
相模さんというのがトロイメライ所属のフルート奏者だ。たおやかな雰囲気の若い女性。
リハーサル中、ずっと悠さんに熱視線を向け続けている。
「あはは。じゃあいい機会になりましたね」
悠さんが手を止めて、相模さんに何か話しかけている。
身振り手振りも交えながら二人が話している様子は、相性も良さそうで何よりだ。
二人を眺めながら俺は口を開いた。
「そういえば、やっぱり若干チケットの払い戻しのお客さん来てるみたいですね」
「さすがに出ちゃいましたか……しょうがないですよね、二宮さんファンも結構いたでしょうし……。あ、でもキャンセル分はまた売りに出すんですよね?」
「主催者からは出すって聞いてます。緊急告知も出しましたし、埋まってくれるといいんですが……」
「何言ってるんですか、秒で売れますよ。私昨日の夜ネット見てたんですけど、お祭りになってました。よりによって小原さんに替わったって。あ、ほら。もう売り切れになってる」
清水さんが見せてくれたチケット販売サイトの表示は、『予定枚数終了』になっている。
「あぁ……ちょっと安心ですね」
「ですね」
リハーサルはいったん休憩らしい。相模さんが赤くなった顔を手で扇ぎながら出てきて、手洗いへ向かった。
清水さんとすれ違いざま、小さな声で「ありえない。悠様やっぱ素敵。幸せすぎてしんどい」と呟いて行った。
俺は清水さんと顔を見合わせて苦笑いした。
今度は悠さんが、スタジオの中からガラス窓を叩いて、手招きしている。
ややご機嫌が傾きかけているようだ。
俺はスタジオに入りドアを閉めた。
「なんですか、悠さん」
「なんですかじゃねーよ馬鹿。なに向こうのマネージャーと仲良くしてんだよ。いつもはそんなに喋ってないだろ」
どうやら嫉妬しているらしい。顔が拗ねている。
「仕事の話してただけですよ。悠さんこそ、相模さんとずいぶん盛り上がってたじゃないですか」
「こっちだって仕事の話だよ」
「相模さんって、悠さんのファンなんだそうですよ」
さっき清水さんから聞いた話をすると、悠さんはつまらなそうな顔をした。
「ファンだろうがアンチだろうが、予定通りの仕事をするだけだ」
メイクを直したらしい相模さんが戻ってきたので、俺はスタジオから撤退した。
「相模さん、よろしくお願いしますね」
「え、あ、はい!私全力でやりますから!小原さんの足引っ張らないように頑張ります!」
こちらはやる気に満ち溢れている。悠さんに少し分けてやってほしい。
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