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4-ゆらぐな危険!(11)
九時三十分過ぎ。
事務所には、近江さんと所長が出勤していた。
「おはようございます」
挨拶をしながら事務室へ入っていくと、入口に一番近い近江さんが振り返った。
「おはようございます~!今日はよろしくお願いします!」
ぱんっと両手を合わせて拝む近江さんは、今日のことが気が気でなかったんだろう。
いつもきれいに編み込んでいる髪が、今日はシンプルなポニーテールになっている。
「こちらこそ子守りなんて頼んじゃってすみません。光?」
後ろを歩いていたはずの光を呼ぶ、が、いない。
「あれ?光?」
廊下に出て呼ぶと、階段から笑い声が聞こえた。
「最後行くぞー。ちゃんと気ぃつけてつかまってろよ?」
悠さんが何かやっているらしい。
まもなく、光を肩車した悠さんが階段から姿を現した。
「あ!颯人お兄さん!悠お兄さんすごいです!高いです!」
光は珍しく高揚している。幼けない笑顔で俺に手を振った。
「良かったですね。落っこちないように気をつけて」
「はい、とーちゃーく。しゃがむぞー」
悠さんが床に膝をついて頭を下げると、光の足がようやく地面についた。
「悠お兄さん、ありがとうございました!楽しかったです!」
「どういたしまして」
光は悠さんにぺこりと頭を下げて礼を言うと、こっちに駆けてきた。
バッグを提げているのと反対の手に飛びつくと、俺を見上げた。
「お待たせしてごめんなさい」
「大丈夫ですよ」
俺は光の頭を撫でると、事務室に入るよう促した。
「近江さん、この子が光です」
「初めまして。榎原光です」
「え、あ、はい!初めまして。近江理沙です」
「理沙お姉さん」
頭に刻み込むように光が呟くと、近江さんは目に見えて動揺した。
「は、はぁっ、そんな、お姉さんと呼ばれるような者ではなくてですねっ」
「?」
光は首をかしげて慌てる近江さんを見上げている。
「あの、近江さん、光は年上の人をお兄さん、お姉さん付けで呼ぶように躾られてるだけなので、あまり気にしないでください」
俺が補足をいれると、近江さんは納得したようだった。
「私一人っ子なので、お姉さんって呼ばれるとなんだかくすぐったいですね」
そう言ってにこにこしている。
俺は本の入ったバッグを自分の席に置いた。
「光、バッグはここに置いておきますから」
「はい」
「近江さん、お昼はこれでお願いします。アレルギーはないので、何でも大丈夫です」
近江さんに二千円を渡した。
悠さんがそわそわしている。まずい。
あまりここにいると悠さんが光に構い始めてしまう。
「なあ、光――」
「じゃあ、近江さんよろしくお願いします。悠さん、行きましょう」
「ええー、もう?」
「何言ってるんですか、十一時前には着いてないとまずいですから。もう十時過ぎてるんですよ」
「はぁ……」
無念そうに悠さんはため息をつく。
「光、行ってきますね。何か困ったら理沙お姉さんに相談してください」
「はい!いってらっしゃい!」
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