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4-ゆらぐな危険!(19)
ベッドに横になったものの……眠れない。
呼吸するたびに余計な考えが、頭にぷかり浮かんでははじけ、浮かんでははじけ、覚醒を促す。
暗闇の中、しかたなく瞼を上げる。
引かれたカーテンの隙間から差し込む月明かりが、ごくごくわずかに部屋の中を照らし出している。
しばらく部屋の中を眺めていると、だんだん目が暗闇に慣れてきて、家具や、壁にかかった額縁が見えるようになってきた。
サイドボードに置いてある陶器のうさぎに、月の光が雪のように降り積もっている。
いったいどうしたんだ、俺は。
心の中までは月明かりが届かなくて真っ暗だが、もやもやと良くない感情が濃い霧のように渦巻いている。
みっともない。子供じゃないんだから。
思いどおりにいかないからっていじけるなんて、大人げないにも程がある。
俺は隣の光を起こさないようにそっと起き上がり、こっそりと部屋を出た。
廊下の窓から下を見おろすと、家の正面にあたる庭が見えた。
建物で陰になり、ほとんどは暗闇に呑まれてしまって見えないが、門柱のライトの光が届く範囲では、草木の姿がはっきりと見て取れた。
俺は窓枠に腕をかけもたれかかって、見るともなしにぼんやりと庭を眺めた。
俺の心も照らしてくれないだろうか。
そうすれば、この卑屈に歪んだ醜い心中も、もしかしたら少しは見れたものになるかもしれないのに。
ひた、ひた、と微かな足音がして俺は庭から目を上げた。
悠さんだった。
「眠れねーの?」
傍らまで来て俺の顔を覗き込み、囁くようにそう言った。
「目が覚めてしまって」
「また添い寝してやろうか?」
くすくす笑いながら背後に回って俺を抱きしめる。
いつかのウッディな香りがふわりと漂う。
「この香り、香水ですか?」
「んー。うん」
耳に唇が触れる。やわやわと産毛を撫でるように、唇が微かに動く。
「寝る前にこれつけないと、寝付けねーんだ」
消え入りそうに微かな声で悠さんは言った。
「え、事務所とか車の中とかでよく寝てるじゃないですか」
俺は横目で悠さんを見ようとしたけれど、悠さんは俯いてしまって、捉えられなかった。
悠さんの吐息が俺の髪を揺らして、俺をより深く抱きしめた。
「あのな?」
「はい」
悠さんとは思えないほど心細そうな声がして、俺を抱きしめている悠さんの手に、思わず俺の手を重ねた。
大きなはずの手は、あの堂々たる音色を、時には勇壮な響きを生み出す手とは思えないほど、細く頼りなく思えた。
「俺の秘密」
重ねた手の指を絡め合わせて、すがりつくような仕草をする。
「……俺、独りじゃ眠れねーの」
ぽつりと悠さんは告白した。
「だから、夜寝るときは必ずこれつけて、寝る時間だぞって、頭に言い聞かせんの」
今日はそれでも眠れないんだけどなって、悠さんは自嘲する。
絶対内緒な。そう言って悠さんは頬を触れ合わせた。
「私も、一つだけ秘密があるんです」
言うつもりなんてなかった。
霧のような思いは霧のままに、そのまま蓋をしておくつもりだった。
けれど、すがりついてくる悠さんの指が蓋を開けてしまったから、言うことにした。
「私、今日一日、光に嫉妬してました」
霧は、唇から離れると明確な形を示した。
「悠さんが、ずっと光に構ってるから」
はやと、耳元で悠さんの唇が小さく小さく呟いた。
「私、ずっと悠さんのこと見てたんですよ?」
朝、寝癖が直らなくてピンで留めてたとこも、光にお兄さんって呼ばれて照れてたとこも、もちろんコンサート中の凛々しいとこも、夕方、傘持って迎えに来ようとしてくれたとこも。全部全部見てたんです。
悠さんの手が俺の顎を持ち上げる。
「勘違いするぞ」
「それは、勘違いじゃないです」
悠さんの手をとって、俺の左胸に押し当てる。
苦しいほどに激しく脈動している。
「分かりますか?どきどきしてるの」
悠さんは俺の肩を掴むと、くるりと半回転させた。
向かい合って、左手を絡めて窓に押し付けられて、熱っぽく潤んだ目で見つめられる。
俺はふい、と顔を背けた。頬が熱い。
「そんな見ないでくださいよ。私だって恥ずかしいこと言ったって、分かってるんですから」
「目を逸らすな」
頬に手を添えて、優しく、でも有無を言わさず悠さんの方を向かされる。
「このまま、もうずっと俺のことだけ見てろ」
こつん、と額を触れ合わせる。
素直じゃなくて、でも今日だけは正直になれた二人の夜は、ゆっくりと更けていった。
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