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5-泣かないで愛しいひと(2)

二階に降りてきて、なんとか動悸を抑えると、事務室に入った。 今日は桧山さんに一日仕事が入っていて、山岡さんと外出している。 だから、今は所長と二宮さん、近江さんの三人しかいない。ああ、でもそろそろ帰ってくるのかな。 隣がいないからか、いつにもまして二宮さん、近江さんのデスクには書類だの資料だのが満載だ。 思わず機嫌が一転して、目尻がつり上がりそうになったが我慢する。 しかし、俺が奥の自席に行こうとした拍子に、近江さんのデスクに脚をぶつけてしまった。 「あ、すみません」 反射的に謝ったがもう遅い。 山と積まれた紙類がバランスを崩し、雪崩をうって山岡さんのデスクを襲う。 「ああっ」 近江さんはまだ無事だった山を押さえようとして腰を浮かせたが、伸ばした手が向かいの二宮さんの楽譜の山にぶつかり、崩す。 「あ、あ、あ、」 その山がドミノ式に別の山を崩し……桧山さんの席も雪崩に見舞われた。 阿鼻叫喚。 この光景を見て、ぷちんと俺の頭の中で何かが切れた。 「二宮、近江、立てっ!!」 「「はいっ!!」」 二人がその場でピンと直立不動になった。 近江さんが立った拍子に動いた椅子がごみ箱を直撃して倒した。 ごみ箱の上に積まれていた紙束がさあぁっと床に広がる。 もう言うことは一つだけだ。怒りを抑えた低い声で静かにゆっくりと言う。 「やれ」 「「はひぃっっ!!」」 半ば悲鳴を上げて二人が一斉に片付け始める。 「なんだよ?今めっちゃ怖い声が聞こえたけど。『殺れ』って」 ちょうど山岡さんと桧山さんが帰ってきた。 山岡さんが親指でビッと喉をかっ切る真似をする。 「すすすすいません、今すぐ片付けますからぁぁっっ!命だけはぁっ!!」 「おーい圭吾、俺の席、どこいった?見えないんだけど」 山岡さんも桧山さんもにやにやしながら、散らかし魔達の慌てぶりを眺めている。 「失礼しますね」 気がすんだ俺は近江さんの後ろを通って自席に着いた。 ふと視線を感じて所長を見たら、所長が笑いながら親指を立てて見せた。 お騒がせしましたの意味で笑い返して頭を下げ、ずっと抱えていたノートPCをデスクに置いた。

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