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5-泣かないで愛しいひと(3)
定時までが長い。
四時を回ったところまでは良かったのに、そこから先は、時計が一向に進まない。
おかげで仕事がはかどって助かるが、今日ばかりは嬉しくない。
四時半頃、悠さんが降りてきて応接スペースに陣取った。
ミルクティー色の髪を微かに規則的に揺らしながら、譜面を眺めている。
今度は悠さんが気になってしょうがない。
想いが叶ったからって、浮かれすぎだ、俺。
必死で手元に集中すること三十分余り。もうすぐ定時だ。
そういえば、さっきからシュレッダーの音が止まない。
見ると、近江さんが山のような紙束をシュレッダーにかけていた。
積んであった書類、ほとんど捨ててないか。
二宮さんはと言えば、楽譜を抱えて書庫とデスクを往復している。
そもそもなんでデスクに楽譜があんなに置いてあったんだ。
しかし、これでようやくずっと気になっていた山がなくなってすっきりした。
すがすがしい気持ちでイベント主催者からのメールにOKを返す。
事務室は綺麗になるし、仕事は引きも切らずに来るし、夜はデートだし、今日はなかなか良い日じゃないか。
また別のメールに返信していると、突然後頭部を軽くはたかれた。
「え、な、なんですか」
不意打ち過ぎて目をぱちくりしていたら、悠さんに笑われた。
「なにぼーっとしてんだよ。時間だ時間」
言われて時計を見ると、とっくに定時を過ぎていた。
「あ、すみません。支度します」
「なんだよお前ら。二人そろってお出かけか?」
山岡さんがにやにやと悠さんをからかう。
「飯だよ飯。食いに行くの」
「ほー。そりゃ仲のよろしいことで。俺なら悠と飯なんて死んでもご勘弁願いたいね」
「ああ、同感だな」
悠さんと山岡さんは、相変わらず憎まれ口を叩く仲らしい。
山岡さんが悠さんのマネージャーをしていた頃はどんな会話を交わしていたのか、ちょっと気になる。
「お待たせしました。片付きました」
「おう。行くぞー」
「お先に失礼します」
「仲良くなー」
それは大丈夫です。内心そう思いながら微笑んで見せる。
山岡さん桧山さんに見送られて、事務所を後にした。
「で、何食べるんです?」
駅に向かって二人で歩きながら、悠さんに聞いてみた。
「こないだ食べ損ねたフレンチにしようかと思ったんだけどさ、今日の俺の服装だとちょっと行きづらいから、お好み焼き食おうぜ」
確かに、今日の悠さんはTシャツにロング丈のカーディガン、ダメージジーンズというかなりラフないで立ちだ。
フレンチでディナーは厳しい。
「お好み焼きいいですね。好きです。ていうかフレンチの件まだ引きずってたんですか」
「食い物の恨みは根深いからな。弁当でごまかされた屈辱は忘れられねえ」
「ふふ。お好み焼き屋さんって、この辺ありましたっけ」
「んとな、二駅隣まで行くからな。昔何回か行ったことあるけど結構うまい店があるんだ」
「あ、そうですか。それは楽しみですね」
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