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6-星が降る夜は(4)
「おはようございます」
約束の時刻に悠さん宅を訪ねると、悠さんが庭先で草木に水やりをしていた。
「おーぅ。ちょっと待っててくれな。今水まき終わるから」
水を止めてホースを片付けると、悠さんは家から荷物を持って戻ってきた。
「バッグ後ろに置いちゃっていいか?」
「どうぞ」
俺が運転席に戻ろうとすると、なぜか悠さんに止められた。
「今日は俺が運転する」
「え?悠さん免許持ってたんですか?」
「当り前だろ!こんな辺鄙なとこ、車がないと生活できねぇっつの」
俺を助手席に押し込み、悠さんは運転席におさまった。
なんか変な感じだ。不安……というわけではないけれど、落ち着かない。
「やっぱり私が運転します」
「だァめ。今日は颯人が助手席なんだよ。大人しく景色でも眺めてろ」
エンジンをかけて、ゆっくりと走り出す。
「じゃあ、疲れたら言ってくださいね。交代しますから」
「疲れたらな」
どうやら交代する気はなさそうだ。
俺は諦めてシートに深々ともたれた。
「さっき庭で咲いてた花、何ていうんですか?きれいでしたね」
「うん?道の両脇で咲いてるやつか?」
「そう、紫とかピンクとか白とか、いろいろありましたけど」
「矢車草っての。手ぇ掛けずにほっといてるけど、零れ種で勝手に毎年きれいに咲いてる。……俺がよーこー先生に弟子入りした時もいっぱい咲いててさぁ。ちょっと思い出の花」
街中を走り抜けて、高速道路へ向かう。
「考えてみたら当たり前ですけど、悠さん自分であの庭の手入れしてるんですね」
「そうだな。よーこー先生が大事にしてた庭だから、できるだけ自分で手入れしたくてさ。さすがに木の剪定とかは植木屋に頼んでるけど。案外やってみるとできるもんだぜ」
◇ ◇ ◇
当たり前だが、助手席では何もやることがなく、過ぎていく街並みをなんとなく眺めていた。
悠さんの運転は、思っていたより丁寧だった。
停まるときも、走り出しも滑らかで、がくんと揺れることもない。
ふと何気なく、運転中の悠さんの横顔が目に入った。
「悠さん、まずいです」
「なんだよ。忘れもんか?」
悠さんがちらりと俺を見る。
「それならよかったんですが、違います」
「はぁ?」
何言ってんだという視線。
「運転してる悠さんが男らしくて格好よくて、惚れそうです」
ははん、と悠さんに鼻先で笑われた。
「今さら当たり前のこと言ってんじゃねぇ。思う存分惚れろ。惚れ直せ」
「いえ、こんなド定番なシチュエーションで惚れるのは、私のプライドが許さないです」
「そんなプライドなんてクソ食らえだ、棄てちまえ」
プライドの権化みたいな人が何か言っている。
「えい、とどめだ。食らえ」
ちょうど赤信号で車を止めて、悠さんは俺を見てにっこり爽やかに笑ってよこした。
会心の王子様スマイル。だけど。
うーん……。
「すみません。王子様スマイルは見慣れてしまって、今更ときめかないというか……」
「ぅおい!笑い損かよ。ってかむしろ俺がちょっと恥ずかしいじゃねぇか」
普通にけらけら笑って、軽く頭をはたかれた。
悠さん、俺はその何気ない笑顔が好きなんです。
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