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6-星が降る夜は(8)

悠さんが湯船から出ていって、外には俺だけがぽつんと取り残された。 一人になると、色々な音が聞こえてくる。 波が打ち寄せては返す単調な音。 どこにいるのか、ぴちゅん、ぴちゅんと小鳥の鳴き声。 悠さんがいなくなったから気がねなく足を伸ばして、湯船の縁に腕をのせて寛ぐ。 別に人に見られるのが恥ずかしいんじゃない。 悠さんだから、恥ずかしいんだ。 だって、悠さんに甘い言葉を囁かれ視られながら自分で扱いて、ボディーソープのもこもこな泡で気持ち隠れていたと言っても、ほぼ見える状況でイっちゃった。 俺を視てた悠さんのも勃ってたけど。 しかも、射精したのにまだ萎えなくて、悠さんがからかって俺のにキスなんてするから、余計に元気になっちゃって。 あっはっはと無責任に笑って逃げる悠さんを追いかけて露天風呂に入ったってわけだ。 恥ずかしいけど、悠さんの前でなきゃ、こんなことできない。 好きな人の前でなきゃ、あんな声出せない。 大好きな悠さんの前でなきゃ、気持ちよくなりたくない。 ふう。ようやく落ち着いたし、そろそろ出ようか。 室内に戻ってバスタオルで体を拭いて、……あ?! さっき浴衣と帯を投げつけられて、そのまま風呂に引っ張り込まれたから、替えの下着持ってきてないじゃないか。 「お食事の支度をしてもよろしいでしょうか?」 「お願いします」 やば。宿の人きちゃった。 「はーやーとー!飯だぞー早くこっち来いよ!」 悠さんの急かす声。 あれは解ってて急かしてる声だ。笑ってる。 風呂に入る前に穿いてた下着もない?悠さんの悪戯か? 小学生のイジメじゃないんだから……。 仕方がないから直接浴衣を着るしかない。 あー、……うん。想像はしてたけど心もとない。 これ、胡坐はかけないな。正座だな。 「颯人ー」 「今行きます」 素知らぬ顔してれば大丈夫だろ。 ため息を一つついて部屋に戻った。 テーブルの上には先付と食前酒が並べられていて、俺が席に着くと宿の方が献立の説明をしてくれた。 一品ずつ配膳してくれる形式のようだ。 宿の方がいなくなってから、俺は自分のバッグを開いた。 「……悠さん?」 「どした颯人。飯食わねぇのか?美味いぞ」 「まだ食べる支度が整ってないもので。私の下着どこですか?」 「なくしたのか?大事なものはちゃんとしまっとかないと、だめだぞ」 は? え、あ、まさか? 床の間にある金庫を見る。 さっきまで開いてたのに、閉まってる。 「鍵ください」 「やだね。行儀悪いぞ颯人、今は食事中だろ」 そう言いながら寄って来た悠さんは、俺を抱きしめて、ソコに手をのばした。 薄手の浴衣越しにするりと撫でて、余計なものがないことを確認すると、悠さんはくすくす笑いながら手を退いた。 「本気で怒りますよ」 「怒る?さっきのよりもっと怒る?」 真顔の悠さんが俺の顔を覗き込む。 「俺、まだ颯人が本気で怒ってるとこ見たことない。見たい」 「ふざけないでください」 「ふざけてねぇよ。颯人の顔、全部見たいんだよ。……怒ってる顔もきっと好きになる」 ……もう。何を考えてるんだか、悠さんは。

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